第10章 アンジェリクおばさんの右腕


             



         一瞬の未来


          一瞬の未来

          次の一瞬の未来

          その次の一瞬の未来・・・

          今までで、
 
          あなたの一瞬の未来の

          写真は何枚?

          多くても、

          少なくても、関係ない

          気にしない

          今までよりも、

          いま≠フ一瞬の未来を

          ときめく

          そしてまた、

          次の一瞬の未来を

          ときめく・・・

          



 マリアやコータやマホムたちは、白山≠ナのピアのことばが、それぞれのこころの中にずっと残っていました。そして、あの日以来、三人は、それぞれ自分自身をよく見つめるようになりました。

 ピアの話を聞いたあと、マリアはいつも、一番ウキウキ楽しくなる自分を探していました。ごはんを食べているときも、勉強しているときも、あそんでいるときも、・・・まるで、いつも、もうひとりの自分≠ェ自分を観察しているような、見守っているような感じでした。そしてマリアは、一番、自分自身が輝いているのは、歌を歌っているときだと気づきました。からだの調子が悪くて、気分がブルーなときも、歌を口ずさんでいると元気になってくるわたし≠ノ気づきました。歌が大好きなわたし≠ノ気づきました。

 自分自身を見つめたコータが、一番、輝いた自分を感じたのは、マリアが元気なとき、

──マリアの笑顔を見ているときでした。マリアの大ファンのコータは、マリアがこころから何かを楽しんだり、よろこんだりしているとき、おなじようにワクワクしながら、とってもしあわせな気もちでいる自分に改めて気づきました。逆に、マリアが不安な気もちのとき、コータがいくら励ましても元気になってくれないときは、コータ自身の気もちも、とても下がっていました。そんなマイナスな気もちから解放してくれる自分は、ピアのピアノを聴いているときと、自分で笛を吹いているときでした。コータは、ケーナというアンデスの笛をよく吹いていました。イライラしているときも、ケーナを自由に吹くとこころが落ち着き、おだやかな自分に戻ることができました。



 マホムは、白山でのピアの話を聞いて、何かをつかんだようでした。世間では天才≠ニか神童≠ニ呼ばれながらも、マホムは、自分のチェロの演奏に満足していませんでした。ずば抜けた演奏テクニックをもち、ミスもあまりしないマホムにとって、あのピアの話を聞くまでは、自分の何がいけないのか、何が足りないのかがわかりませんでした。

 でも、いまのマホムはちがいました。コンサートステージでは、いままでいじょうに輝いているチェリストのマホムのすがたがありました。



 ピア自身のことをいっぱい話してくれたあの日以来、マリアとコータとマホムは、時間が少しでもあれば、ピアの住むエンジェル・ホームに行っていました。そして、ピアを入れた四人は、ホームの音楽室を借りて、いっしょに音楽を楽しむようになりました。

 コータがひとりでケーナを吹いているときは、誰かの曲を吹くというよりも、気もちのままに奏でていることが多かったので、ピアの自由なピアノに合わせてジョイント演奏≠ェできるようになるまでには、それほど時間はかかりませんでした。逆にマホムのほうは、クラシックが中心で、今まで譜面を見ないで即興でチェロを弾くということは、一度もしたことがありませんでした。でもマホムは、ピアやコータに演奏を通して少しずつ教わり、楽しみながらチェロのアドリブ演奏を覚えていきました。そして、初めのうち、その光景をただ黙って見ているだけだったマリアも、しだいに自分の声≠出すようになってゆきました。

 ピアの弾くピアノとコータのケーナとマホムのチェロの合奏が、少しずつかたちになってきたある日、とつぜん、マリアがそのセッション≠ノ加わってきました。マリアは、三人が即興で演奏するメロディーにハモる≠謔、に、とつぜん歌いはじめました。

 ♪ル──リラララ〜ア〜ルルル──ファ〜ア〜〜〜・・・・・♪

 ピアとコータとマホムの三人は、見開いた目でマリアを見ながら、驚きました。

 三人はマリアの歌を聴いたことがありましたが、こんなふうに詞を歌わない歌≠ヘ初めてでした。そして、なによりもマリアの声≠ノビックリしてしまいました。その声は、ふだんマリアが流行りの曲を口ずさんでいるときの声とは、明らかにちがいました。



 ひとつの心の声≠ノは、そのマリアが歌詞を歌わずにアドリブで発する声が、なにか新しい楽器の音≠フように感じました。その声は、やわらかく、やさしく、時どき、ルーマニアの竹笛のパンフルートにも似た、あたたかく美しい音でした。マリアは、マリアの声≠ニいう、この世にたったひとつしかない楽器の演奏者のようでした。



 それから、マリアの歌も加わった四人は、今までいじょうに音楽を楽しむようになりました。というよりも、四人それぞれが一番輝いて見えるときが、この瞬間のようでした。

 ひとつの心の瞳≠ノも見えました。

 仲のいい四人が、自由にこころから楽しんで、自分の音≠出しているとき、メロディーの波に乗ったキラキラした光のしゃぼん玉が、それぞれのからだから、いっぱいいっぱい飛んでいくのが・・・。そして、四人が奏でる音がハーモニーを生むように、四人のからだから出る光のしゃぼん玉も、美しく調和されていました。

 それぞれの光のしゃぼん玉の飛び方や色は、とても個性的で、まったくおなじかたちや色というものは存在しませんでした。ひとつの心の瞳≠ノは、その光景が、まるで、大きな大きな万華鏡を見ているようにも感じました。さまざまな色の粒が、一瞬一瞬、変化し、あざやかに調和されている・・・ひとつの心の瞳≠ヘ、そんな美しい風景をこころ踊らせながら、いつまでも見つめていました・・・。



 地球には、国≠ニいうものがなくなり、ひとつの共同社会≠ェつくられはじめ、そのことによって、それぞれの民族の個性≠ェ、失われたり、否定されたりするかもしれない──と不安に感じている人びともいました。

 けれども、地球に国≠ェなくなっても、ひとつの社会になっても、音楽や美術や舞踊や文学・・・など芸術の世界では、さまざまな民族の個性≠ェ失われることはありませんでした。芸術という人間の想像≠ニ創造≠フ世界では、さまざまな人種の人たちの個性≠ェ、光り輝いていました──。

 そして、ひとつの心の声=Aひとつの心の瞳≠ヘ、この地球という星が、芸術の世界だけでなく、すべての世界において、民族の個性≠ェ生かされ、調和された世界≠ノなることを、いつも、つよくイメージしていました・・・。



 ピアとマホムとコータとマリアの四人は、エンジェル・ホームの音楽室で、楽しみながらセッション≠続け、その後、ピアのコンサートにマホムやコータやマリアがゲスト出演したり、マホムのコンサートにピアやコータやマリアがジョイントして、演奏したりしました。そして、ピアやマホムだけでなく、コータやマリアもエリジオンの各地で話題になってゆきました。とくに難病≠抱えているマリアは、ステージで自分の気もちに正直に楽しみながら歌うこと自体が、おなじように病気やからだにハンデをもっている多くの人たちに、勇気や希望を与えてゆきました。

 四人が奏でるふしぎな音楽のハーモニーは、地球上の多くの人びとのこころにやすらぎ、癒し、元気のエネルギーみたいなものも伝えてゆきました。

 四人の子どもたちの音のハーモニーは、多くの人びとのこころやからだが、忘れていた何か≠思い出させてくれるような響きがありました・・・。



 ピアとマホムとコータとマリアの四人は、生き生きと充実した毎日を過ごしていました。コンサートを通して、たくさんの人たちと出逢い、その人たちが自分たちの奏でる音楽を聴いて、こころからよろこんでくれたり、元気になってくれたりして・・・。

 逆にそれを感じてマリアやマホムやコータは、こころもからだもポカポカとあたたかくなり、──そしてこのときが、ピアが以前いっていた光のしゃぼん玉が戻ってきて、自分のからだにとけ込んで、白くてあたたかい光につつまれる¥u間なのかなあと感じていました。



 いつものようにエンジェル・ホームでのジョイント練習のある日、マホムが二○分ほど遅れて音楽室にやって来ました。マホムは、なぜか、おかあさんといっしょでした。

「ピア〜!うちのおかあさん、連れてきた・・・。」

 とマホムは部屋に入ると、いきなりピアにいいました。

 ピアは少し戸惑いながら、

「え〜っと、アンジェリクおばさん、こんにちは!」

 と初対面のマホムのおかあさんにあいさつしました。

「あ〜、ピアちゃん?こんにちは。あなたのことは、いつもマホムから聞いているわ。」

 とアンジェリクおばさんが話すと、その横からマホムがいいました。

「じつは、ピアにおねがいがあるんだ。おかあさんの右手が動かないんだよ・・・。」

「えっ!?」

 とつぜんのマホムのことばに、ピアだけでなく、コータやマリアも驚きました。

 するとこんどは、手の動かない本人、おかあさんが説明しはじめました。

「三週間くらいまえに、とつぜん、この右ひじがズキーンと痛くなって、思うように動かなくなっちゃったのよ。肩から指先まで筋というか神経が、ツーンと張っている感じでしびれちゃって、ちからがまったく入らないの・・・。いろんな病院にも行ったんだけど、骨にも神経にも異常が見られなくて原因がわからないのよ。」

 と話すと、また横からマホムがいいました。

「いまじゃ、右手でスプーンも持てないんだ。おかあさん、ピアニストでしょう?──来週から、またコンサートがはじまるんだ。それでおかあさん最近あせって、痛みとしびれをとるために、病院で骨に注射をしてもらっているんだ──。でも、あまり効果がないみたいだし、骨に注射するなんてよくないから、止めたんだ。それで・・・それでピアのピアノを聴いて、よく病気やからだの痛みがとれた人たちがいたでしょう?だから、ピア・・・うちのおかあさんのために、ぜひ弾いてもらいたいんだ・・・。」

 とマホムは、いままで見せたことのないような表情で、ピアにおねがいしました。

「もちろん、わたしはいいけど・・・。」

 とピアは驚きながらも、冷静にこたえました。

「ごめんね、ピアちゃん、せっかくの練習、ジャマしちゃって・・・。」

 といって、アンジェリクおばさんは、ピアノの右側のピアのすぐ近くの椅子に座りました。

 ピアは黙ったまま首を横に振りました。少し緊張していましたが、椅子に座りピアノをまえにすると、ピアノを弾くときのいつもの自分の気もち≠ノ戻ることができました。



 ♪ミ♯レミ♯ファ♯ソー♯ド〜ミ♯レミ♯ファ♯ソーシ〜〜〜・・・・♪

 ピアのあの独特なゆらぎ≠フリズムと、独特な間≠フ演奏がはじまりました。

 アンジェリクおばさんは、顔を少し上げ、目をつむって聴いていました。マホムは、おかあさんのことが心配で緊張していましたが、しだいに、マリアやコータのように、うっとりとした表情で、ピアの曲を聴き入ってゆきました。

 ピアは、続けて三曲、演奏しました。マホムやマリアやコータには、ピアの曲の展開が変わる寸前の間≠竅A曲の最後の音の残響に、弾いてはいないはずの何かあたたかいメロディーが耳だけでなく、からだに聴こえてくるような感じがしました。



「おかあさん、どう?痛み、・・・やわらいだ?」

 とマホムは、恐る恐る自分の親に聞きました。

「ん〜っ。痛いわ・・・。ちょっとでも動かすと、腕に電流が走るみたいに・・・。」

 とアンジェリクおばさんは、左手で右ひじを押さえながらいいました。

 そのことばを聞いて、ピアは、それからさらに数曲、ピアノを奏でました。

 一時間近く、ピアは気もちをいっぱいこめて演奏し続けました。

 そして最後の曲が終わると、アンジェリクおばさんは、椅子から立ち上がり、

「ピアちゃん、ありがとう。う〜ん、でも、まだ痛いわ。変わらないみたい・・・。」

 と自分の左手を、ピアの肩にそっとのせながら、いいました。

 でも、そのことばを聞くまえにピアは、そのことを知っていました。それに、アンジェリクおばさんが演奏に感動しなかったことも、ピアは知っていました。

 その場所にいたひとつの心の声≠熾キいていました。アンジェリクおばさんの心の声≠聞いていました。というよりも、聞こえてきました。ピアがピアノを奏でているとき、アンジェリクおばさんの心の声≠ヘ、こんなことをいっていました。

『あ〜、こういう感じの曲ね。それにしても、すごい変拍子ね。う〜んと・・・。』

『あ〜、そういうメロディーなら、別な和音を使ったほうがいいわね。・・・・・』

『え〜、なに?その曲の転調のしかたは変じゃないかなあ?ああしたほうが、・・・。』

 とアンジェリクおばさんは、自分の心の中で≠アんなことをいっていました。

 ひとつの心の声≠フようにピアにも、このアンジェリクおばさんの心の声≠ェ聞こえたわけではありませんでした。でも、ピアは自分の演奏が、アンジェリクおばさんのこころに響かなかったことを知っていました。

 なぜなら、それは、ピアが奏でているとき、一番近くにいるアンジェリクおばさんのほうからは、輝いた光のしゃぼん玉が戻ってくるのを感じられなかったからでした──。

 そして他のみんなにも、アンジェリクおばさんの右腕が、少しもよくなっていないのがわかると、音楽室はシーンとしずまりかえってしまいました。

 しばらくの沈黙のあと、マリアが、とつぜん立ち上がりいいました。

「そうだ!ピア。アンジェリクおばさんに、アレやってあげなよ。わたしが頭やおなかが痛いときや、ねんざしたとき、すぐ治してくれる、あの気功みたいなやつ・・・。」

「え?ああいうのをきこう≠チていうの?でも、そのやり方なんて知らないよ。」

 とピアは、少し驚いた表情でマリアにいいました。

 すると、マリアはピアに、

「別にピアのが気功じゃなくても、いつも、わたしを治してくれるみたいに、アンジェリクおばさんにもやってあげればいいのよ!ねっ!?やってみようよ、ピア・・・。」

 と声を大きくしていいました。ピアは、少しかんがえ、・・・

「アンジェリクおばさんの手が、少しでも動くようになるんなら・・・。」

 といい、マリアのいうアレ≠アンジェリクおばさんにしてあげる決心をしました。



「じゃあ早速、一番楽な姿勢で椅子に座って、からだのちからを抜いてもらえますか?」

 とピアは、アンジェリクおばさんに、やさしくいいました。そして、ピアはアンジェリクおばさんの頭や肩や腕のいろいろなところを触りだしました。

「まだ、ちからが入ってる。目をかるく閉じて、唇のちからも抜いて・・・。」

 とピアはいい、アンジェリクおばさんの頭の上に自分の左手の人差し指をかるくのせ、痛みのある右ひじに、右手を当てました。

「アンジェリクおばさん、眠ってしまってもいいけど、よかったら、こんな想像をしてみてね──。生まれたばかりの赤ちゃんのように裸で、自分が宇宙にフワッと浮かんでいるようなイメージをしてみて・・・。そして、自分のからだの中には、テレビやラジオの電波よりも、もっと細かくて光り輝いているひとつの波≠ェ流れてると思って──。そのひとつの波は、頭のてっぺんから足の先までおなじリズムで流れているの。でも、痛みのある右腕のひじだけに大きな石があって、その石のために、右腕を流れる波が他のからだの部分を流れる波よりも、渦を巻いて荒れているようなイメージをしてみてね・・・。」

 ピアは、こういうと、アンジェリクおばさんの頭や右腕をかるくさすりながら、

「わたしがこうやって、肩から指先に向かって手を動かすと、右腕を流れる波の勢いがつよくなって、ひじにある大きな石が細かく砂のように砕かれて、毛穴や指先から流れ出てくような想像をしてね。

わたしの手やからだは水道管のようなパイプで、わたしのからだを通って、たくさんの光り輝いたつよくて新鮮な波が、アンジェリクおばさんの腕の中にとけ込んでいくようなイメージを続けてみて・・・。何となくでいいから・・・。」

 とおだやかな声でいいました。ピアはアンジェリクおばさんのこめかみや、おでこの真ん中にも指を当てたりしていました。そしてピアは、だんだんとアンジェリクおばさんから手を離し、まるでマッサージをからだに触れずやっているような動きをはじめました。 アンジェリクおばさんは、気もちよくてウトウトと眠ってしまいそうな意識の中で、ピアのいうようなイメージを、こころの中で素直にしていました。

 ピアはマリアのからだの痛みをやわらげるときは、数十秒で効果があらわれていましたが、この日は、三○分ぐらいアンジェリクおばさんにアレ≠やってあげていました。



 気功に似たようなピアのアレ≠ェ終わりました。気がつくとアンジェリクおばさんは、昼寝をしている子どものようなしあわせそうな顔で眠っていました。

「アンジェリクおばさん、終わったよ・・・。」

 とピアはアンジェリクおばさんの耳元で、やさしく声をかけました。

「ん〜っ。あ〜っ・・・。わたし、眠っちゃったみたいね・・・。」

 といいながら、アンジェリクおばさんは、ゆっくりと首をまわしました。

「おかあさん、・・・腕は、どう?・・・手は、どう?」

 息子のマホムは、心配そうに聞きました。

「うん・・・。ん〜っ、んっ!?あれっ・・・?あれっ・・・!?うごく・・・。」

 まだ半分眠っているようなボ〜ッとした意識の中で、アンジェリクおばさんは、自分の両腕を動かしてみると、右腕も痛みがなくスムーズに動くことに気づきました。

 自分の真上に腕を上げることもできなかったのが、簡単に動かせ、しびれてスプーンも持てなかった指も、痛みを感じずに動かすことができました。

「えっ?なんで?なんで!?なんで動くの・・・!?」

 驚きのあまり、アンジェリクおばさんは、いっぺんで目が覚めてしまいました。

 その表情を四人の子どもたちは、とっても嬉しそうに見つめていました。そのあとマホムはピアと目を合わせ、二人は何かことばを交わしているように少し微笑み合いました。

「ほらっ、こんなに動く。痛くない・・・。なんでピアちゃん、なんで治せるの!?」

 とアンジェリクおばさんは、ピアに近づき興奮しながらいいました。



 するとピアは、アンジェリクおばさんの目をまっすぐ見ながら、

「アンジェリクおばさん、わたしが治したわけじゃないの。アンジェリクおばさんが、自分で治したのよ。自分で・・・。わたしは、ただパイプになっただけだから・・・。」

 とゆっくりと語りかけるようにいい、ウルウルとした瞳で微笑みました。



 その後アンジェリクおばさんの右腕は、どんどんと回復していき、痛みも完全に消え、ピアノも無理なく弾けるようになり、コンサートも無事に終えることができました──。 

  そして、しばらくして、有名なピアニストのアンジェリクおばさんは、忙しいにもかかわらず、時どき、ピアたちの練習やコンサートを聴きに来るようになりました。

 そのときのアンジェリクおばさんは、以前、ピアの演奏を初めて聴いたときとはちがいました。ピアノ・・・音楽を聴くときは、自分のこころの中でいろんなことをかんがえずに、まず、ただ無心で聴くようになりました。そういうことは、プロの音楽家のアンジェリクおばさんが一番よくわかっていたのですが、無意識のうちに、頭で音楽をかんがえている自分が、自分の中でとても大きくなってしまっていることに気づいたようでした。

 アンジェリクおばさんは、忘れかけていた気もちをとり戻したかのように、ほんとうに音にからだを預けるようにして、四人の子どもたちが奏でるメロディーを、からだを踊らせながら楽しそうに聴いていました。

 そしてアンジェリクおばさんのピアニストとしての演奏自体も、変わってゆきました。



 ある日、エンジェル・ホームの音楽室で、アンジェリクおばさんは、自分の右腕が動くようになったお礼として、ピアたちにピアノの演奏のプレゼントをしました。

 アンジェリクおばさんは、ブラームスの『ラプソディー』を弾いてくれました。

 リズミカルに激しく、幻想的におだやかに、・・・そのピアノの音の動≠ニ静≠ェ交錯するメロディーの迫力に、子どもたちは圧倒されてしまいました。その演奏は、まさしく『狂想曲』でした。ついこの間まで、スプーンも持てなかった手で奏でている音楽とは思えない、人間の躍動する鼓動がストレートに伝わってくるような演奏でした。


 そして最後に、リストの『愛の夢』をやさしく美しく奏でてくれました・・・。

 ピアは、その演奏を聴きながら、ずっと見ていました。

 アンジェリクおばさんのからだから、自分とはまたちがう、光り輝いたとってもきれいなしゃぼん玉が、たくさんたくさん出ているのを・・・。



       

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