第14章 ふたつのこころの旅

             

 四人の子どもたちのふしぎな音楽≠フコンサートツアー最終日、ホールにはカメラマンや取材の人たちが、いままでで一番多く待っていました。主役の子どもたちはリハーサルまえから、エゴン氏に久びさに会う気もちなどいろいろな質問を受けていました。

 ピアとマホムは、いつもと変わらない雰囲気でしたが、マリアとコータは最後のコンサートということで、とてもテンションが上がっていました。

 その空気を感じたのか、ピアはマリアとコータとマホムを呼び集め、

「今日も、音楽をこころから楽しもうね・・・!」

 と笑顔でいい、四人は手をとり合いました。

 四人は、おたがいの手をしっかりと握り合いました。ふしぎなことに、手を取り合うとマリアやコータの舞い上がっていた感情も、いい意味での緊張とリラックスした気もちに変わってゆきました。

 今日だけは最後にエゴン氏のあいさつがあるのか、コンサートまえのエゴン氏の立体映像での演説はありませんでした。そして、たくさんの聴衆の盛大な拍手に迎えられて、四人の子どもたちのラストコンサートがはじまりました。

 二十世紀に活躍した『カザルス』というチェリストを思い出させてくれるような情感あふれるマホムのチェロ演奏、パンフルートのようなやさしくて素直な声のマリアの歌、三人の音にひろがりをもたせるようなアドリブ演奏が得意なコータのケーナ、そしてメロディーの独特なゆらぎ≠ニ間≠ナ、ふしぎなあたたかい音を奏でるピアのピアノ演奏、・・・四人の子どもたちの音楽は、会場の人たちをしずかな感動≠ノ導いていきました。四人の子どもたちのメロディーは、聴衆の一人ひとりのこころの奥ふかくにとけ込んでゆきました。四人の子どもたちの光のしゃぼん玉のハーモニー≠ヘ、人びとのこころをうるおし、その意識さえも変えてゆきました・・・。



 ある人は、音楽でやすらぐ自分を初めて感じました。

 ある人は、イライラしていた自分を忘れました。

 ある人は、悲しんでいた自分を忘れました。

 ある人は、愚痴っぽい自分を反省しました。

 ある人は、元気な自分をとり戻しました。

 ある人は、前向きな自分に目覚めました。

 ある人は、別の新しい自分と出逢いました。



 子どもたちのふしぎな音楽≠聴いた会場の人びと一人ひとりの光のしゃぼん玉≠ェ、色あざやかなさまざまな色に変わってゆきました。

 アンコールの演奏が終わると、観客は総立ちで四人の子どもたちに大きな拍手を贈り続けていました。そんなあたたかい音の聞こえる中で、子どもたちはステージのまえのほうに来て、たくさんの花束をもらっていました。小柄なピアは、抱えたたくさんの花束で、まえが見えなくなっていました。

 そして結局、子どもたちも待っていたエゴン氏は会場にあらわれず、演説も行なわれないまま、ステージは幕を下ろしました。



 四人の子どもたちは額に汗をかきながら花束を抱え、興奮が冷めないまま楽屋に戻ってゆきました。

「やったね〜!」

「たのしかったね〜!」

 などと笑顔でいい合いながら、子どもたちは楽屋のドアを開けました。

 すると部屋には、とても真剣な表情のバド氏が待っていました。子どもたちは、いつもとちがうバド氏の雰囲気を感じ、笑顔が少しずつ消えてゆきました。

 そのバド氏は子どもたちに近づき、からだを少しかがめながら、こういいました。

「コンサートおつかれさま。よくやったね・・・!」

 続けてバド氏は、子どもたちに低い声でいいました。

「実は二時間ほどまえに、エゴンさんが倒れました・・・。大丈夫!少し入院して休めば、元気になると思いますよ。今日は遅いし、みんなも疲れていると思うので、ホテルで休んで下さい。明日は、二時二○分の飛行機でエリジオンVに帰ります。わたしは病院のほうに行きますが、みんなはエゴンさんが元気になって退院してから、また顔を見せて下さい。きっとエゴンさんも元気なからだで、みんなと会って、直接コンサートのお礼をいいたいでしょうから・・・。」

 思いも寄らなかったバド氏の突然の話に、子どもたちはビックリしてしまい、何もことばが出てきませんでした。



 子どもたちの気もちを気づかって、バド氏はラストコンサートに来ていたたくさんの取材記者たちのインタビューを一人で受けました。バド氏はその記者たちに、エゴン氏が過労のため倒れ、検査入院したということを伝えました。

 けれども、エゴン氏が過労のために入院したということはウソの情報でした。ほんとうは、エゴン氏は九年ほどまえから心臓の病気を患っていました。以前にも二回ほど倒れ、生死をさまよったこともありました。それは、精神状態によって心臓に血液が正常に流れなくなる病気でした。手術をしても完治することが少なく、ストレスによって再発したり、その度合いによっては、いのちにもかかわる難病の一つでした。バド氏を含めたエゴン氏側の一部のスタッフたちは、そのことをよく知っていました。



「エゴンさん、だいじょうぶかなあ・・・。」

 とホテルに着いたマリアが、つぶやきました。他の子どもたちは黙っていましたが、マリアとおなじことをかんがえているような空気もありました。四人の子どもたちは、コンサートツアーをやりとげた充実感と、エゴン氏のからだを心配する気もちが入り混じった複雑な心境のまま、クリーム色のベッドで眠りにつきました。

 小雨の降る次の日の朝、ピアに電話がありました。

「おはよう、ピアちゃん!?バドです・・・。疲れているところ悪いんだけど、すぐに着替えて一階のロビーまで一人で来て下さい。用件はそのときに話します・・・。」

 ピアは顔を洗い、急いで着替えながら、わたしだけに話って、なんだろう?と思いました。ただピアは、それが楽しい話ではないということを、直感的にからだで感じていました。

 ピアはエレベーターで一階に着くと、ロビーの右奥の茶色のソファーに、バド氏がタバコを吸いながら座っているのが見えました。ピアは緊張しながら、そのバド氏のところに歩いていきました。

「おはようございます・・・。」

「あ、ピアちゃん、おはよう。朝早くごめんね。実は、・・・驚かないで聞いてね。いま、エゴンさんは病院で意識不明の状態なんだ。マスコミには伝えてないけど、エゴンさんは心臓の病気をもっていたんだよ。いま、いのちも危ない危険な状態なんだ・・・。」

「えっ・・・!?」

 驚きのあまり、ピアは目を見開いたまま、その表情がかたまってしまいました。

「ビックリしたと思うけど、いまから話すことを冷静に聞いてね。時間がないから簡単にいうけど、エゴンさんはこのまま意識が回復しないで植物状態になってしまうか、亡くなってしまう危険性も大きいんだ。病院の先生も、あとは本人の潜在意識のちからに頼るしかないともいっているんだよ。変かもしれないけれど、ピアちゃん、・・・眠っているエゴンさんに、ピアノを弾いてあげてくれないか・・・!?」

「は・・・!?」

 ピアは大きな瞳で、バド氏の目を見ました。

「昨日までの君たちのコンサートのことを、さっき思い出したんだよ。ピアちゃんの演奏を聴いて、からだが癒されて、感激している人たちの顔を・・・。だから、・・・なにも聞こえてないかもしれないけど、聴かせてあげたいんだよ。エゴンさんに、ピアちゃんのピアノを・・・。」



「でも、・・・でも、わたしが弾いてもエゴンさんが目を覚まさなかったら・・・。」

 少しの沈黙のあと、ピアは、小さな声でいいました。

 するとバド氏は、こういいました。

「そんなことピアちゃんは、気にしなくていいんだよ。ピアちゃんは、いつものように演奏してくれればいいんだよ。」

「いつものように・・・?エゴンさんが、元気になるように気もちをこめて・・・?」

「うん。そんな思いで弾いてくれたら、わたしも、なおさらうれしいね!」



 バド氏は、すぐに病院にピアノを運ぶ手配をしました。意識のないエゴン氏にピアノを聴かせるということは、もうすでに担当医師を強引に説得して、了解をとっていました。そしてピアは、そのままバド氏に連れられて、エゴン氏の入院する病院に向かいました。



 エゴン氏は、入院患者が誰もいない棟の部屋に移されていました。その部屋に、ピアはさっきよりも緊張しながら、バド氏といっしょに入ってゆきました。

 学校の教室よりも少しせまい部屋の左側に、アップライトピアノが置いてありました。そして、右端に機械のようなものと、ポツンとベッドが一つありました。そのベッドには、口に酸素マスクを付け、頭や胸や腕にたくさんのコードのようなものを付けたエゴン氏が横たわっていました。そのすがたを見てピアは、痛々しく思いました。以前のように、エゴン氏を怖がることはありませんでした。

 このときもピアには、エゴン氏の光のしゃぼん玉が映っていました。でもそれは、とても数が少なく、とっても色のうすいしゃぼん玉でした。ピアが怖がっていた黒ずんだしゃぼん玉も、時どき少し出る程度で、その色も黒ではなく、うすい灰色でした。それにまえには見られなかった青や白やオレンジ色の光のしゃぼん玉も、色は濃くありませんでしたが、呼吸のようにからだから出ていました。ピアはベッドの横で、そのエゴン氏を見つめながら、バド氏にいまの病気の状態を少し聞いていました。



 しばらくすると、バド氏はしずかに部屋を出てゆき、ピアと意識のないエゴン氏の二人きりになりました。もう、ピアは少しも緊張していませんでした。ただ、エゴン氏が目を覚まして、元気になってくれればいいなあと、それだけを思うようになっていました。

 するとピアはなんとなく、エゴン氏の胸の真上あたりに右手をもっていきました。手は胸には触れていませんでしたが、やさしくさするように一分間ぐらい動かしていました。ピアは自分の右手の手の平がジーンとしびれ、あったかくなっていくのを感じていました。エゴン氏は眠ったままで、ピクリとも動きませんでした。



 そしてピアは、ベッドの反対側にあるピアノのところへ歩いてゆき、椅子に座り、しばらく目を閉じて、そのままゆっくりと演奏しはじめました。


 ♪ミーシ♯ド♯ソ♯ファシミ♯レシ♯ド〜ミーシ♯ソミ♯ファシ♯ド♯ソ〜〜♪

 ピアは、いまのときめく自分≠感じながら、ピアノを奏でました。そのいまの自分とは、エゴンさんの病気が治ってゆき、どんどん元気になってゆくすがたを、ワクワクしながらイメージしている自分自身でした。

 ひとつの心の瞳≠ヘ、縦型の黒いピアノから流れるメロディーの波に乗った光のしゃぼん玉が、冷たい感じのする殺風景な白い壁の病室の中で、色あざやかに輝きながら、あふれ出るように舞っているのを見ていました。



 エゴン氏は危篤状態なので、意識がないと誰もが思っていました。そんな人間に音楽を聴かせて何になるんだと、多くの病院関係者たちは思っていました。

 でも、エゴン氏は聴いていました。からだも指先も、唇もまぶたも、まったく動かすことはできませんでしたが、ピアの奏でるピアノを聴いていました。声を出すことはできませんでしたが、エゴン氏は自分の意識の中で、ピアの音楽を聴いていました。



 ピアちゃんの曲って、こんなにやすらぐメロディーだったんだ・・・

 とエゴン氏は思いました。エゴン氏はいままでピアの音楽を、打ち合わせなど仕事中に少しだけ聴いたことはありましたが、こんなに静かな空間で、・・・しかも生演奏で聴いたのは初めてのことでした。

 あ〜、ポカポカとあったかい陽射しを浴びているような気もちいい音だなあ・・・

 とエゴン氏は、こころの中の声でつぶやきました。すると、自分のからだが浮かび上がっていくのを感じました。病室の天井が、どんどんと近づいてくるので、思わずエゴン氏は振りかえると、ベッドには酸素マスクを付け、からだじゅうにコードを付けた、まるで壊れたロボットのような自分自身が横たわっていました。

 あれっ?これは夢・・・?それとも、わたしは死んでしまったのか・・・!?

 とそんなことを思いながらも、エゴン氏の意識ともうひとつのからだは、天井を通り抜け、病院やまわりの街並みが見える空まで浮き上がってゆきました。でもエゴン氏は、怖いとは少しも思いませんでした。痛みもありませんでした。それに病院の建物は、おもちゃのように小さく見えるのに、ピアの奏でるメロディーは、部屋にいるときとおなじように、よく聴こえていました。エゴン氏は空を飛んでいるのに、風の音は聞こえず、ピアのピアノの音だけが、こころの中に響きわたっていました。


 あ〜、なんて気もちがいいんだろう・・・

 そう思いながら、エゴン氏はかるくまぶたを閉じ、ふたたび目を開けると、いつの間にかまわりには、六人の子どもたちがいっしょに空を飛んでいました。ピアやマホムたちより小さい、三歳から六歳ぐらいに見える、男の子三人と女の子三人でした。

 んっ?子ども!?天使?でも天使なら、羽があるはずだが・・・

 とエゴン氏が思った瞬間、その六人の子どもたちの背中に白い羽が生えました。エゴン氏はビックリして、その子どもたちの顔を見ました。六人とも、やさしく微笑んでいるような表情でエゴン氏と目を合わせました。

 すると、

「いま、おじさんが思ったから、ぼくたちの羽が見えたんだよ。」

 ということばがエゴン氏に聞こえました。いや、聞こえたというよりも、瞬間的に子どもたちの声が、自分のこころの中に入ってきたような感じでした。

 子どもたちは、また、微笑んでいるだけで口も開けずに、

「おじさん、ぼくたちについて来なよ!」

 とエゴン氏にいいました。エゴン氏をかこむように飛んでいた子どもたちは、少しスピードを上げました。エゴン氏はいわれた通り、その子どもたち六人のうしろをついて行きました。病院は見えなくなってしまいましたが、ピアの曲はまだよく聞こえていました。



 どこへ行くんだ・・・?

とエゴン氏は思いました。

 すると、

「おじさんがイメージしていた世界だよ。」

 と子どもたちの声が、エゴン氏の意識の中に入ってきました。子どもたちはエゴン氏のほうを振りかえり、愛らしい瞳で微笑み、そしてだんだんと高度を下げ、地上もよく見えるぐらいの高さで飛びはじめました。エゴン氏も、六人に遅れないようについて行きました。初めのうちエゴン氏は、子どもたちのうしろすがただけを見ながら飛んでいましたが、少しずつ地上の景色も目に映るようになってきました。

「なんて美しい自然なんだ・・・!」

 思わず、エゴン氏は声をだしました。

 そこには、緑の葉をいっぱいにつけた森の木々、飛び舞う鳥たち、ダムのない生きた河、湧きでる泉の水を飲む動物たち、すき通った青い海・・・がありました。

 まるで楽園のようだな。こんなきれいなところ、エリジオンにあっただろうか・・・?

 とエゴン氏は思いながらも、さらに子どもたちのあとを飛び続けました。

 いままで見たことのないようなデザインのビルやマンション、車や飛行機も見えてきました。エゴン氏は目を輝かせ、とても興奮しながら、その光景を見てまわりました。そしてエゴン氏が一番驚いたのは、どの大陸の都市や街でも、花や木々など、自然があふれていることでした。それは人間が創りだした科学技術と、宇宙から創りだされた地球の自然が、完全に調和しているようなほんとうに美しい世界でした。

 あともう一つ、エゴン氏がつよく感じたことは、どの大陸に住んでいる人たちも、表情が明るく、生き生きとしていることでした。どの街をのぞいて見ても、そこには人びとの笑顔がありました。争いごとをしている人たちとは、出逢いませんでした。



「そうか、・・・ここは、わたしが夢にまで見た世界なんだな。人と自然、人と人とが調和された共生社会、・・・調和された世界が完成したんだな!」

 エゴン氏はまぶたを閉じ、からだを震わせながら感激していました。天使のような白い羽をもった子どもたちも、そのエゴン氏のすがたを見て、とってもうれしそうな顔をしていました。

 エゴン氏はゆっくりとまぶたを開けると、続けて、

「そうか、そうか・・・。どの大陸にも砂漠が見当たらないと思ったら、・・・わたしの『意識コントロール計画』が成功したんだな。これは、その未来の世界なのか・・・!」

 といいました。すると子どもたちの表情が六人とも、急に暗くなってしまいました。そして子どもたちはエゴン氏を、とてもさみしそうな瞳で見つめ、何もいわずに空の上のほうに飛んでゆきました。

「おいおい、どうしたんだよ!どこへ行くんだよ・・・!」

 とエゴン氏は声をあげ、天使のような子どもたちを追いかけようとしました。

 けれども、エゴン氏のからだは急に重たくなり、それいじょう上に飛ぶことができず、子どもたちのあとを、ついていくことができませんでした。天使のような子どもたちは、どんどんと空の上のほうに飛んでゆき、見えなくなってしまいました。すると、さっきまで心地よく流れていたピアのピアノの音も聞こえなくなってしまいました。

 いったい、どうしたっていうんだ・・・!

 とエゴン氏は思いました。でも子どもたちの声は、エゴン氏のこころの中に聞こえてきませんでした。



 エゴン氏は訳わからず、空中で途方に暮れていると、しだいに天気があやしくなり、辺りはうす暗くなってきました。そして、ポツポツと雨が降りだしてきました。

「ん、雨?なんだか臭いな・・・。な、なんだ!?泥みたいじゃないか・・・!」

 降りそそぐその雨は、黒い雨でした。少し臭いのあるドロッとした液体でした。そんな異常な雨の中、エゴン氏は、腕で顔を拭けばふくほど、真っ黒になってゆきました。そのすがたは、まるで、激しい戦場で闘っている兵士のようでした。

 そして、足元に凍えるような冷たい風が通ったので、エゴン氏は思わずそっちのほうを振りかえりました。すると、自分が大きな灰色の雲につつまれていくのに気づきました。そのいくつもの雨雲によって、もはや地上は見えなくなっていました。

「う〜、さむい・・・。どんどんと気温が下がってくる。夜の霧につつまれているようで、なにも見えない。しょうがない、この雲の下を飛ぼう・・・。」

 とエゴン氏は小さな声でいいながら、少しずつ高度を下げて飛んでゆきました。

「んっ?空が暗いせいか、やけに街がさびれた感じに見えるなあ・・・。」

 エゴン氏はひとりごとをいいながら、飛び続けました。



 街のいたるところの木々が倒され、枯れていました。道端にはゴミがあふれていました。少し街から離れたところでは、異様な臭いを漂わせた黒ずんだ煙におおわれていました。産業廃棄物のような大きなゴミの山も、あちこちに連なっていました。まるで、そこには、廃虚のような世界がありました。

「黒い雨は、あの煙とゴミのような山が原因か!?それにしても、さっきまで、子どもたちといっしょに見ていた風景と全然ちがうな・・・。」

 とエゴン氏は顔をしかめながらいうと、・・・

 ドコーン!!ドコ〜ン!!

「うわっ!おいおい、なんの爆発だ・・・!?んっ、テロ・・・?暴動か!?」

 エゴン氏は、その大きな爆発音に驚きながら、声をあげました。

 その地上ではビルが爆発し、人びとが逃げまどうすがたがありました。そして、五○人ぐらいの男たちが、銃を乱射していました。

「あれは、最新型の『電磁銃』じゃないのか!?使用を禁止していたものが、なぜ!?」

 エゴン氏は目を細めながらいいました。

 すると、

「うお〜っ、さむい!また、冷たい風が・・・。」

 急にエゴン氏の背中に、ドライアイスのような風が吹きつけました。

 あわててエゴン氏は振りかえると、

「あー、さむい!あれっ?こっちは、砂漠地帯じゃないか・・・!?」

 と呆然とした表情でいいました。そこには、乾燥しきった茶色の砂の海が、えんえんと広がっていました。

「おかしいな。子どもたちと見たときは、砂漠は見えなかったのに・・・。んっ?あそこに、人がいっぱいいるなあ・・・。」

 と、エゴン氏は首をかしげながら、飛んでいきました。からだが少しづつ、また重くなり、飛ぶスピードも遅くなってゆきましたが、エゴン氏は空中を、まるで水の中を歩くようにして、その人だかりに近づいていきました。

「あれっ?みんな植林している・・・。んっ?ここはエリジオンUの砂漠じゃないのか?お、そうだ。あそこに研究・開発施設もある。もっと近づいてみよう・・・。」

 とエゴン氏はいいながら、その地上に向かってゆきました。

 そこでは、二○○○○○人を越える人びとが、植林などを中心として働いていました。エゴン氏のいう通り、そこはエリジオンUの砂漠地帯でした。

 いつの間に、こんなに人数を増やしたんだ・・・?でも、みんなつらそうだな。とても苦しそうな顔をしている。おびえているような人もいる・・・

 とエゴン氏は、人びとの表情を見て、こう思うと、

 とつぜん、その植林している人たちが、次々と倒れてゆきました。すると、すぐに施設内のスタッフもかけつけ、三○人ぐらいの男女が運ばれてゆきました。その運ばれてゆく人を見つめるまわりの人びとは、青ざめた表情で震えているようにも見えました。そして、それから一○分もしないうちに、また八人の人が意識を失って運ばれてゆきました。まわりの女性は、しゃがみこんで泣いてしまったり、中には施設のドアを叩きながら、怒鳴っている人たちもいました。

「まさか・・・!」

 エゴン氏は、この光景を見て、けわしい表情でいいました。そしてエゴン氏は、研究施設のほうに向かいました。その施設の三階の窓には、研究室のリーダーのイビル氏のすがたが見えました。

「まさかCOC≠ナ・・・!わたしの『意識コントロール計画』の実験で、みんなが倒れてしまっているのか・・・!!?」

 エゴン氏は震える声でいいました。

 そういっている間にも、人びとは次々と倒れてゆきました。両手で頭を押さえながら、うめき苦しんでいたり、吐いている人たちもいました。そして、エリジオンUの砂漠で働く多くの人びとが、パニック状態になってゆきました。

「わたしは、何ていうことをしてしまったんだ・・・!」

 とエゴン氏は肩をおとし、目をつむりながら、振りしぼるような声でいいました。

 空中に浮かんでいたエゴン氏が、ゆっくりと、その砂漠の地に下りました。けれども、そのエゴン氏のすがたに気づく人は、ひとりもいませんでした。



 そしてエゴン氏は、自分の足元の乾燥した砂を右手で握りしめながら、

「できることなら、・・・。できることなら、もう一度、・・・!」

 とつぶやいた瞬間、目のまえが真っ暗になりました。同時に、自分の意識が一瞬にして、病院のベッドで横たわっている、もうひとつの自分のからだに戻ったような気がしました。その感覚は、はっきりと覚えている夢から醒めて目を開けるけど、部屋が真っ暗で何も見えない・・・状態に似ていました。

 でもエゴン氏は、自分のからだを動かすことはできませんでした。意識はあっても手を動かすことも、目を開けることもできませんでした。エゴン氏は、暗闇の世界の中で、意識だけが目覚めていました。

 いままでのは、夢!?それとも現実だったのか・・・!?

 とエゴン氏は思いました。あのはっきりとした感覚、はっきりとした意識の中で体験したさまざまな出来事が、夢だったのか現実だったのか、エゴン氏にはわかりませんでした。

でもエゴン氏にとって、あの体験がどちらであろうと関係ありませんでした。

 いまの気もち、・・・いまのこの意識を大事にしよう・・・!

 とエゴン氏はこころの中で、つよく、こういっていました。



 バタンッ・・・。

 なにかを閉めたような音がしたあと、しずかな空間に小さな足音が響きました。

 あ、ピアちゃんだな・・・

 とエゴン氏は、直感的に思いました。エゴン氏は、なにも見えず、からだも動かせませんでしたが、耳、・・・音だけはよく聞こえていました。

 そして、エゴン氏のその勘≠ヘ当たっていました。ピアは演奏を終え、ピアノのふたを閉めて、エゴン氏のいるその病室を出ようとドアに向かっていました。エゴン氏は動かないからだの意識の中で、自分から離れていくピアの足音を聞いていました。

 ピアちゃん、ありがとう!君のピアノのおかげで、こころが解放され、いくつもの自分と出逢えることができた。わたしは、君のやすらぐメロディーのおかげで、ほんとうの自分≠ノ目覚めることができたんだ・・・。ありがとう、ありがとう・・・!!

 とエゴン氏は、こころの中でピアに感謝の気もちを何度もいっていました。その気もちをエゴン氏は、自分の口で声に出して伝えようと、意識の中でちからを入れましたが、できませんでした。



 けれども、小さなピアの足音が、またエゴン氏のベッドのほうに近づいてきました。そして、その足音はベッドのすぐ横で止まりました。

 んっ?ピアちゃん・・・?どうしたの・・・?

 とエゴン氏は、暗闇の意識の中で、相手に聞こえない声でピアにたずねました。

 ひとつの心の声≠ヘ見ていました。

 ピアはベッドの横に立ったまま、エゴン氏を見つめていました。ピアは黙ったまま、エゴン氏の顔やからだを、ただ見つめていました。

 んっ?ピアちゃん、なにしてるの・・・?

 とエゴン氏は、またこころの中で聞きました。

 ひとつの心の声≠ヘ見ていました。

 ピアは、しばらく黙ったままエゴン氏を見つめたあと、なにを思ったのか、とつぜん、・・・ピアは、エゴン氏の頬にやさしくキスをしました。そして、ピアは、少し早歩きで病室を出てゆきました──


 ひとつの心の声≠ヘ、その様子を見つめていました。ピアが部屋を出ていっても、しばらくそこにいました。病室は、シーンと静まりかえっていました。



 それから一、二分たったとき、ベッドに横たわっているエゴン氏の右の目じりに、すき通った水滴が、わずかに流れているのに気がつきました。ひとつの心の声≠ヘ、初め、汗かと思いましたが、エゴン氏の顔をよく見てみると、左の目じりも、うっすらと濡れていました。

 ひとつの心の声≠ノは、そのすき通った水滴がエゴン氏の汗なのか、それとも涙なのかは、わかりませんでした。ただ、エゴン氏は、こころの中でピアのピアノを聴き、そして自分のさまざまな意識に触れ、動かすことができなかった肉体に変化を与えたということは事実でした。

 エゴン氏の閉じた両目から、わずかに流れた水滴は、頬を伝わり、部屋の光に反射して輝いていました。すき通った水滴は、それ自身も輝きながら、空中の光の川のしゃぼん玉を映し出しているようにも見えました。

 横たわるエゴン氏の目から流れた水滴の一粒一粒が、さまざまな色に輝いていました。

       

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