第3章 思い出したくない忘れてはいけない出来事

      




  過去という現在

  未来という現在

  現在といういま

 いま≠ニいうこの瞬間


  すべてはひとつの種≠ゥら育った芽だった・・・


  それぞれの瞬間

 いま≠ヘ、育ち

 それぞれの瞬間

 いま≠ヘ、花を咲かす・・・・





 数十年まえの二○×四年、七月・・・

 地球は、緑の星=A青い地球≠ニいわれてきたその美しい表情は失われ、とても苦しそうな顔をしていました。宇宙に浮かぶそのすがたは、灰色の小さなボール≠フようで、いまにも壊れてしまいそうでした。

 そう、二○×四年の七月七日の夜・・・この日は世界中のいたるところでオーロラが見られました。さまざまな色に輝く大きな虹のカーテンは、地球の長い歴史の中で、ほんの数年まえまでは、ほとんど北極圏と南極圏でしか見られませんでした。けれどもこの日は、地球上の海や森の上だけでなく、都会の空にもあらわれました。肉眼でもはっきり見える、それはそれは見事なオーロラでした。

 実際に、オーロラを見たのは初めて──という人は多く、世界中の人びとは興奮しました。七月七日を祝う国の人びとも、こんなにきれいな七夕は初めて!──とよろこび、オーロラの下でお酒をのんだり、さわいだり踊ったりしながら、お祭りを楽しみました。

 テレビやラジオ、インターネットでも大きく報道され、この日はマスコミもオーロラ一色でした。

 地球上のいたるところで、オーロラが見られる数時間まえから、たくさんの動物たちが         
ふだんとはちがう感じの声で、鳴いたり吠えたりしていました。

 住宅街の犬やネコ、牧場の牛や馬──動物園のサルなどは、ずっと落ち着きのない様子で鳴きながら、おりを揺さぶっていました。空には、いままで見たことがないくらいの数の小鳥やカラスが飛びまわり、耳をおさえたくなるほど大きな声で鳴いていました。中には、ビルやマンションの窓にぶつかってしまうかわいそうな鳥もいました。

 多くの人たちは、初めのうち、この動物たちも、きっとオーロラの美しさに興奮しているのだろう──というぐらいにしか思っていませんでした。

 けれども中には、ここ一週間の世界の異常なニュースを思い出す人びともいました。

 オーロラがあらわれる六日前、コンクリートにおおわれた都会の街に、とつぜん何十万匹ものバッタが発生した国もありました。五日前には、いままで一度も出たことのない農作地に、何万匹ものかみきり虫が飛んできたという国もありました。二日前には、大きな湖の魚のほとんどが水面に浮かんでしまい、調べてみてもその原因がわかっていない国もありました。

 また、夏という季節がない一年中さむい地方が、オーロラがあらわれる前の日から急に四○℃以上の気温になってしまい、夜になっても下がらないという国もありました。

 地球には、何十色ものすき通ったガラスの帯のように輝くオーロラに魅せられ、感激したり、よろこんでいる人たちと、その美しさに不安を感じている人びとがいました。

 けれども、オーロラが出てから一日も経たないうちに、世界中の人びとの気もちは、ひとつになりました。

 ひとつの心の声≠ヘ思いました。

 世界中の人びとの気もちが、ひとつになる──。

 このみんなの気もちが、感動≠ニいう気もちでいっぱいになったら、どんなに楽しいかと、どんなにワクワクするかと・・・。

 けれども、残念なことに──悲しいことに、そのときのいま≠ニいう現実は感動≠ニはまったく逆の気もちで、ひとつになってしまいました。

感動≠ニはまったくちがう世界が、あらわれてしまいました。

 それは、思い出したくない出来事のはじまりでした・・・。



 世界中にオーロラがあらわれてから数時間後、世界中の海や空で、たくさんの船や飛行機が不明になったり、事故にあったりしてしまいました。

 漁をしている船や、貨物船や豪華客船のような大きな船も、──セスナ機やジャンボジェット機や軍事用の飛行機まで、消えて行方がわからなくなってしまったり、沈没したり、赤い炎につつまれたりして、多くの人びとのいのちが奪われてしまいました。

 事故は、海や空だけでなく地上でも多発しました。

 世界の大都市では、ふだんの何倍もの交通事故が起こりました。車や船の地図のはたらきをするナビゲーションシステムやコンピューター制御された信号が故障し、たくさんの衝突事故や踏切事故が発生しました。街全体の電力がすべて止まってしまい、都市機能が完全に停止してしまったところもありました。さらに、火災もいたるところで起こりました。

 今までにない地球規模の事故に、多くの人びとがパニック状態になっていました。

 そのときも人びとの気もちとは裏腹に、オーロラはとても美しく輝いていました。

 さまざまな色に変わる光のカーテンが、事故や火災の炎をさらに明るく照らしていました。

 この日に満月も出ていた国ぐにでは、雲ひとつない空にまるく大きく光った月は、オーロラとともに、とても神秘的でした。

 悲しみの涙いっぱいの瞳で、ぼうぜんとしながらその満月を見つめていた人も多くいました。

 そして七月八日の早朝、人びとはさらに驚きました──。


 世界中の海岸や湾の砂浜に、たくさんのイルカやクジラがのり上げて死んでいました。しかも、海中にいる生きたイルカやクジラまでが、陸地に向かって突進していました。

 これは集団座礁、マス・ストランディング現象と呼ばれるものでした。二十世紀の時代には、日本の五島列島の湾やオーストラリアのオーガスタ、ブラジルのバヒアのビーチやニュージーランドのグレートバリア島の湾などいたるところで、数十頭から数百頭におよぶイルカやクジラの座礁がありました。

 けれど七月八日のマス・ストランディングは、これらの比ではありませんでした。たった一夜にして、世界の三○ヶ所以上の海岸や湾で座礁が起こってしまいました。一つの砂浜に、千頭以上のイルカや百頭以上のクジラが上がってしまったところもありました。

 七日の夜中、湾の入口に大量のイルカやクジラが出現し、海の満潮とともに砂浜に突進してきました。その様子に気づいた国の人間たちは、必死になってなんとか沖へかえそう         
としました。

「こっちは陸地、砂浜だよ!」

 一人の救済ダイバーは、イルカたちに向かって叫びました。

「むこうが、深くてひろい海なんだよ!南へ泳ごう!!」

 他のダイバーたちもイルカに声をかけながら、からだを張って方向を変えようとしました。

 けれどもイルカやクジラたちは、ふたたび陸に向かって泳ぎだしてしまい、次から次へとみずから座礁してゆきました。

 ひとつのテレビニュースが伝えていました。

「現在、世界各地でさまざまな事故が多発しています。その原因の一つと考えられるのが、昨夜あらわれたオーロラです。オーロラとは、太陽風という太陽からの電気の粒と地球の大気の中にある原子や分子が衝突して生まれたエネルギーによって、光を発しています。そこには、数百万から数千万アンペアもの電流が流れています。そして、オーロラの中を流れるこの膨大な電流のエネルギーによって、地球の磁場が大きく乱されています──。それによって、地球の磁場の向きをたよりに動いている動物たちのセンサーも狂わされ、今回のような大量の集団座礁が起こったとかんがえられます──。」

 ひとつのテレビニュースは、世界中で起こったイルカやクジラたちのマス・ストランディングの目をふせたくなるような痛々しい映像を流しはじめました。

 続けて、ニュースキャスターは話しました。

「オーロラは、動物たちだけでなく、わたしたち人間にも影響をおよぼします──。オーロラの大電流が、都市の送電線に異常な電流を発生させて、電気機器をマヒさせることもあります。世界各地の事故原因のせいかくな情報は、まだ入っておりませんが、このように、オーロラやオーロラのもととなる太陽風がかんけいしていると、専門家たちは分析しています──。」

 ひとつの心の声≠ヘ思いました。

 むずかしいことはよくわからないけど、船が遭難したのも、飛行機が墜落したのも、車や電車が事故したのも、街が停電になったのも、イルカやクジラたちが座礁したのも、みんなオーロラが、かんけいしているかもしれないのか──。

 空にはあんなに美しくあらわれているのに、地上ではなぜこんなことばかりが・・・。         

 もしかして、あの大きな虹色のカーテンは、わたしたちに危険を知らせてくれているの          
だろうか。

 わたしたちに忠告しているのだろうか。

 それとも、地球そのもののシグナルなのだろうか──。



 七月七日の夜以来、世界のいたるところで毎日オーロラが見られるようになりました。異常な災害や事故もおなじように続きましたが、交通事故は、人びとがとても注意しだしたせいか少しずつ減っていきました。

 けれども、一三四四人もの人びとを乗せた客船が行方不明になり、太平洋を必死に捜している国の人びともいました。

「なんで、あんなに大きな船が不明になるんだ!」

 港の待合室で、一人の男性が叫びました。

「あの船には、わたしの息子が二人も乗っているのよ!うゥ〜〜。」

 一人の女性がひざまずき、泣きながらいいました。

 九九四人もの人びとを乗せたジャンボジェット機が墜落し、国じゅうの人びとが、哀しみにくれているところもありました。

「わたしの子どもをかえして!!」

「わたしのフィアンセが──!」

「なんで、こんなことに・・・。」

「あ── あァ、ああ〜〜〜!!!」

「うゥ〜〜〜!!!」

 墜落現場にあつまった遺族や友人たちは、声にならない声で泣き叫びました。

 その声をまるでかき消すかのように、空には七機のヘリコプターが、グルグルと墜落したジェット機のまわりを飛んでいました。

 その地上の現場には、カメラやマイクをもったたくさんのマスコミの人たちが来ました。何台ものテレビカメラやカメラマン、レポーターたちは、泣きながらうずくまっているひとりの若い女性をとりかこみました。

 その女性とちょうどおなじくらいの年の女性レポーターが、彼女にマイクを近づけ、低い声で話しかけました。

「婚約者の方を亡くされたそうですが、今のお気もちは──?」
 クリーム色のかわいいワンピースを着た若い女性は、黙ったまま顔をふせながら泣いて         
いました。

 たくさんのカメラマンは、その彼女の表情を撮ろうとして、もみ合いになってしまいました。そういう中でもレポーターは、悲しそうな声を出して、ふたたび質問しました。

「これから、どうなさるおつもりですか── ?」

 ワンピースを着た女性は、なにも答えずにうずくまって泣き続けていました。

 その彼女を囲みながら、たくさんのカメラマンは、パチパチッ、パチパチッ──とまぶしいフラッシュを何度も何度もたきながら、撮影を続けていました。

 その彼女のすがたは、世界中のテレビや雑誌、インターネットでも見られました──。         


 また、長い停電がもとで大都市に火災が起こり、ひろい範囲にわたってビルや建物が焼けてしまい、どのように復興していくかかんがえている国もありました。

 オーロラが見えることや、異常な災害などはそれほど気にせず、国と国とが銃やミサイルを撃ちあって、戦争をしているところもありました。

「みなさん!彼らの思想や哲学は、ひじょうに危険です。まちがっています。ですから、わたしたちは愛≠もって戦いましょう。これは聖戦≠ナす。平和のために戦いましょう!わたしたちの自由と未来を勝ちとるために銃をもちましょう!敵国を攻めましょう!いざという時には、我われが長年、実験してきた核兵器≠ェ、すべての悪魔を倒し、みなさんを真の自由へと、みちびいてくれることでしょう── !」

 とひとつの国の一人の軍人が、こぶしをにぎり、両手を振りかざしながら、民衆に訴えていました。
『すばらしい。彼こそが、わたしたちに自由をもたらしてくれる救世主だ!』──とこの演説を支持する人たちが、たくさんいました。

『なぜ、おなじ人間どうしが、戦わなければならないんだ!』──とこの演説に賛同しない人たちもまた、大勢いました。

 たくさんのイルカやクジラたちが、砂浜に上がっていてもなにもせずに、ひとつの国の中で、人と人とがいがみ合い、殺し合っているところもありました。

「彼をリーダーにすると、この国がだめになってしまいます。わたしは武力ではなく、話し合いで解決したいとずっと思ってきました。けれども、みなさんの自由と平和のためには仕方がありません。愛≠もっておなじ国、おなじ民族でも、涙をのんで戦おうではありませんか!彼を支持する人たちの目を醒ますためにも──。わたしは、みなさんのために、この国の将来のために、── 死力をつくしたいと思います。」

 とひとつの国の一人のリーダーは、力強く民衆に語りかけていました。

『すばらしい!彼は、わたしたちのことを一番にかんがえてくれている。』──とこの演説を支持する人たちが、たくさんいました。

『なぜ、おなじ血の流れている民族どうしが、殺し合わなければならないんだ。』──とこの演説に賛同しない人たちもまた、大勢いました。


 オーロラが見られるずっとまえから、とても食べものが不足していて、毎日、何百人もの人びとが、飢えや病気で亡くなっている国もありました。

 この国では大人も子どもも、とてもやせ細っていて、足の太ももが腕ぐらいしかありませんでした。自分のちからで歩けなくなっている人びとも、たくさんいました。

 空腹のため、自分の顔にハエがとまってもはらう元気がなく、ただただ、じっとしていました。

 大人たちの多くが、ほんとうにつらく苦しそうな表情をしていましたが、なぜか子どもたちの瞳は、やさしくキラキラと輝いていました。


 地球という小さな惑星のさらに小さな小さな国≠フ中では、いろいろなことが起こっていました。

 美しく輝く虹のカーテンは、地球全体をひとつに照らしていましたが、地球のそれぞれの国≠フ中で生きる人びとの気もちはさまざまでした。


 初めて世界中のあちこちに、オーロラがあらわれた七夕の日から、一週間が過ぎようとしていました。このたった七日のあいだで、数年ぶんの災害や不可解な事故が起こってしまったかのようでした。世界は、混乱していました。そして、人びとのこころは、それいじょうに混乱していました。

 オーロラの下で、自然災害や事故を体験した人たちや、動物たちの異常な行動に接した人たち、また家族や友人たちを亡くした人たちは、なぜこんなことに!?──という気もちでいっぱいでした。この事実を信じたくない気もちでいっぱいでした。

 多くの人びとがそう感じながらも、少しずつこのいま≠ニいう現実を、まっすぐに見つめようとしはじめていました。

 そして、この悪夢のような出来事を体験していない人や、家族や友人を亡くしていない          
人たちもまた、この現実を決して忘れてはいけないと、こころの奥ふかくでつよく思いました。

 ひとつの心の声≠ヘ思いました。

 多くの人びとがいま=Aそういう気もち≠もっていると──。

 けれども、地球全体を見てみると、ほんとうにそういう気もち≠感じている人は、まだ、ほんの一部の人たちだけでした。

 物質的に豊かな国ほどそういう気もち≠もっている人が少ないように思えました。

 物質的に豊かな国ほどそういう気もち≠忘れている人が多いように感じました。

そういう気もち≠チて、どんな気もち── ?

「・・・・・・・・・・・・。」

 ひとつの心の声≠ヘ、うまく説明ができませんでした。


 でも、あとから、ただひと言だけいいました。

「人間ならだれでも、── どこの国の人でも、子どもの頃からもっている気もちじゃないのかなあ・・・。」と。



       

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