第6章 国境のない大陸


            



 巨大な地かく変動から四ヶ月が過ぎた頃、人びとの助けあいによってようやく火災もおさまり、少しずつ地球のほんとうの表情が見えてきました──

 大地震が起こるまえの世界地図のような大陸のすがたかたちは、どこにもありませんでした。島国が消えてしまっていたり、大陸は大きく変形していました。そのため、ここからここまでが、この国──というような国境は、もはやわからなくなっていました。そして、さらにショッキングなことは、人間がふつうに生活できる陸地が、とても少なくなってしまったことでした。

 核兵器の保有国の核や、原子力発電所などの原子炉が、あの想像を絶した自然災害によって破壊され、大量の放射能が世界のいたるところで漏れてしまいました。

 一九四五年、日本の広島と長崎に落とされた原爆いじょうに高レベルな放射能が、噴出している地域もありました。また、埋設処分していたはずの放射性廃棄物が、巨大地震の地割れによって地表近くに出てきてしまったり、放射性廃液が地中や海に流れてしまったところも多くありました。

 世界の大陸のいたるところが、高レベル放射能危険区域≠ニされ、その広大な土地は、数百年立ち入り禁止となってしまいました。

 家族や友人たちを失いながらも生き残った人びとは、さらに母国も失い、もはや国境をつくれる環境もありませんでした。人びとは、国や人種にかんけいなく、まとまって安全な大陸に避難させられました。

以前あった≠「ろいろな国の専門家たちは、協力しあいながら、以前あった$「界の国ぐにの放射能レベルを調べました。その結果、放射能防護服を付けずに生活できる大陸は、(小さな島々を除けば、)なんと、四つだけになってしまいました。つまり、地球の“生きている広大な陸地”は、四つだけになったということでした。そして、その四つの大陸のうちの一つが、一年中、気温がマイナス何十度にもなる南極大陸でした。ですから、人間がふつうに日常生活を送れる大陸は、三つだけになってしまいました──。

 それでも人びとは、その限られた大陸の中で、おたがいアイディアを出しあいながら、復興を目指してゆきました──。

 一年、二年、三年と月日の流れとともに、地球には、国≠フないひとつの共同社会≠ェ、──ひとつの共生社会≠ェ、少しずつ、かたち創られてゆきました。

 三つの大陸には、それぞれ人びとが生活するための家≠ェ造られてゆきました。今後の震災をかんがえ、また土地も限られていたので、地域ごとに十二階建てぐらいの集合住宅が一○○棟から二○○棟、並ぶように建てられました。どれもおなじような造りなので、自分の家に帰るのに迷ってしまう人もいました。その集合住宅の壁には、新素材のボードが使われました。このボードは、強度がコンクリートの一八倍もあり、重さはその二○分の一しかなく、しかも断熱効果も高いという画期的なものでした。

 集合住宅の部屋の割りふりは、民族や以前あった″曹ノよって分けることはせずに、からだの健康状態と一世帯の人数だけが参考にされ、抽選によって決められてゆきました。ですから、えんえんと続く集合住宅のそれぞれの階では、以前、存在していた≠「ろいろな国──のことばが、聞こえていました。

 人びとは、南極大陸も含め、四つの大陸を統合して、国≠フない国境≠フないひとつの共同社会≠つくりはじめました。今まで、国際会議といわれていたものが、地球のたったひとつの社会のための会議、──大陸会議や地球会議と呼ばれるようになりました。またそれは、一つの国の政府間の会議とおなじ内容のものでした。

以前あった≠ウまざまな国の代表者たちは、よりよい社会をつくるために話しあい、まず病院や治安を守る警察、あらゆる災害にも対応できるような消防・救命機関、そして人びとが生活するために必要な電力を開発し供給する省エネルギー技術機関などをつくってゆきました。また、長いあいだ避難所で生活していた身寄りのない子どもや老人たち、からだにハンデのある人たちの施設も建設していきました。



 南極大陸を除く三つの大陸で、少しずつ社会ができあがっていく中、地球会議では一つのテーマが議論されていました。それは、自分たちが住んでいるこの大陸の名前を何と呼ぶか──ということでした。

「やはり、この大陸の中心は、わたしの祖国なので、わたしの国の名前を付けるのがいいのではないでしょうか?」 

 と以前あった∴黷ツの国の代表者がいいました。



「いやいや、この大陸で一番大きな国は、わたしの祖国なので、わたしの国の名前にしましょう。」

 と以前あった&ハの国の代表者が、少し声を大きくしていいました。

「でもみなさん、・・・この大陸で、もっとも多くの人びとのいのちを救ったのは、われわれの救助隊の船や飛行機でした──。ですからぜひ、わたしたち民族に名前を決めさせていただきたい。」

 とまた別の以前あった″曹フ代表者が、つよい口調でいいました。

 このような感じで、──おたがい自分たちの以前あった¢c国や民族のアピールがつよく、話しあいでは、なかなか決まりませんでした。

 けれども、大陸で生活する一般の人びとのあいだでは、ひとつの呼び名がありました。どこの誰が呼びはじめたのかわからないのですが、人びとはこの大陸のことを『エリジオン』、『ELYSION』と呼んでいました。そして、ふしぎなことに他の二つの大陸でも『エリジオン』と呼ばれていました。

 地球会議では正式な名前が決らず、逆に一般の人びとのあいだでは、その呼び名が定着していたので、そのまま『エリジオン』という名称になりました。ただ、すべての大陸がエリジオンでは区別がつかないので、南極大陸を『エリジオンW』としたうえで、残る三つの大陸の大きい順に、『エリジオンT』、『エリジオンU』、『エリジオンV』と呼ぶことになりました。



 それから数年の月日が、地球社会の再建という時間とともに、あわただしく過ぎてゆきました。

 しかし、三つの『エリジオン』という大陸に共同社会ができあがっていくにつれて、いろいろな問題も出てきました。

 世界中のあらゆる民族の人たちが、共同して住んでいるたくさんの集合住宅では、争いごとがとても多くなりました。


 ドンドンドンドンドンッ、・・・ドンドンドンドンドンッ!──。

 エリジオン の集合住宅、A一三九号棟の八階に住むとても体格のいい年配の女性が、となりの家のドアをはげしく叩いていました。

 ドンドンドンッ──!「ちょっと、奥さーん!?」

 と体格のいい女性は、ドアを叩きながら大声でいいました。

 するとドアは開き、中からおなじぐらいの年の黒い髪を束ねた女性が出てきました。

「おはようございます。どうされましたか──?」

 と黒髪の女性は、おだやかな声でいいました。

「どうされましたか、じゃないわよ!あんたね〜、こんな朝はやくから、毎日毎日、なんの信仰だか知らないけど、祈りのことばがうるさくて眠れないじゃないのよ──!」

 体格のいい女性は、すごい勢いで興奮しながらいいました。

「ひどい・・・。神を冒とくするつもりですか?」

 と黒髪の女性は、けわしい目つきでいいました。

「はあ〜?フン、何をいってるんだか──。あのねー、神じゃなくて、わたしたちの睡眠のジャマをしないでっていっているの!」

 バタンッ!──体格のいい女性は、怒って自分の家に戻り、ドアをつよく閉めました。

 バタンッ!──怒鳴られた黒髪を束ねた女性もムッとして、ドアをつよく閉めました。 ひとつの“心の声”は、二人を見ていて、嫌な気もちになってしまいました。

 朝はやくから迷惑をかけるような大きな音を出すのも、──だからといって、いきなり怒鳴りこんでいくのも、・・・・・・。



 でもそれ以来、この二人だけでなく両方の家族が、口を聞くことはありませんでした。 また、こんな出来事もありました・・・。

 エリジオンUの集合住宅、C一九七号棟の四階四四○四号室の眼鏡をかけた中年の男性が、一階の小さな花だんのあるベンチで、煙草を吸っていた男性の肩を叩きいいました。「アンタ、四四○三号室の人だよね?」

「えっ?ええ、そうですけど・・・。」

 急に声をかけられた煙草を吸っていた男性は、少し戸惑いながらこたえました。

「アンタ、○●○人?」

 と眼鏡の男性は続けて質問しました。

「ええ、わたしは、○●○人ですが、・・・それが何か──?」

 四四○三号室の男性は、吸っていた煙草を消しながらこたえました。

「そうか、やっぱりそうか。オマエだろ、うちのドアの横に置いといた傘を盗んだの。」

眼鏡の男は、彼が○●○人というだけで、変ないいがかりをつけてきました。

「はあ?わたしは知りませんし、傘など取ってもいません!」

 四四○三号室の男性は、ムッとしてつよく否定しました。

「フン、どうだかな・・・。オマエたち○●○人は、あの大地震の前までは、おれたちによって支配されてた難民だったからな──。」

 と眼鏡の男は、ニヤリといやらしい笑みを浮べながらいいました。

 そのことばで、四四○三号室の○●○人の男性も、とうとう怒ってしまい、二人は殴りあいのけんかをはじめてしまいました──。


 月日とともに、国境のない大陸、エリジオンTでもUでもVでも、──集合住宅だけでなく、人間が生活している大陸のいたるところで、このようなささいなことからも、争いごとが起こるようになってしまいました。

 皮肉なことに、目に見えるかたちで社会ができあがっていくにつれて、逆に争いごとが、どんどんと増えてしまっているようにも見えました。

 ひとつの心の声≠ヘ、悲しくなってしまいました。


 あの巨大な地かく変動によって、目に見えるすべてのものを失った地獄のような世界で、人びとは人間として、──        人間どうしとして、あんなにも純粋な気もちで助けあい、励ましあい、なぐさめあい、そして、よろこびあったのに・・・。

 たった数年でもう、あのときのおたがいを思いやるあたたかい気もち≠忘れてしまったのだろうか──。

 この地球に、せっかく国境というものがなくなっても、これではあまた、以前のような社会に、──以前のような世界に戻ってしまうのでは・・・・・・。

 ひとつの心の声≠ヘ、哀しくなってしまいました。



 でも、・・・でもそんな人びとの気もちが、時どき≠ミとつになることがありました。いや、ひとつになるというか、──さまざまな民族の人たちが、いがみ合っていたことも忘れ、ワクワクしたり、心やすらいだり、癒されたり、感動したり、・・・とそんな気もちでいっぱいになる時間や空間が時どき≠りました。



 この時間=Aこの空間≠ナは、どの人たちもおだやかな表情をしていて、笑顔もあふれていました。

 そして、このひとときの空間≠、いつも楽しみにしている人たちが、日に日に増えていきました──



       

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