第13章 もうひとつの顔の理想の世界


             



 日に日にニュー・エヴァ計画は、進められてゆきました。けれども最近になって、そのプロジェクトの進め方をめぐって、ライズ氏派とエゴン氏派のスタッフたちの意見のちがいから、内部の争いごとが多くなってきました。

 一方、ニュー・エヴァ計画の必要性を一般の人たちに理解してもらい、そのリーダーをアピールするためのさまざまなイベントは、ライズ氏側もエゴン氏側も、順調のようでした。

 ライズ氏は、さまざまな有名アーティストやさまざまなスポーツのトップ選手たちが、いっしょになって歌を歌ったり、スポーツをしたり、また、その人たちと一般の人びとがいっしょに、砂漠や街に行って樹木を植えたり、自然環境や自分たちの社会について話し合うイベントなども企画し、どれも成功させていました。

 エゴン氏側の主なイベントは、エゴン氏本人の演説とピアたち四人の子どもたちのコンサートだけでした。けれども、この二つにおいては、直接、会場に来られない人や聞けない人たちのために、あらゆる情報通信メディアを使って、エリジオン各地の世界中の人たちに何度も何度もくわしく、わかりやすく伝えられてゆきました。

 その四人の子どもたちのふしぎな音楽≠フコンサートは、エリジオンUの人たちにも大好評でした。もうすでに、エリジオンVやTでの活躍を知っている人が大勢いたため、どのホールで奏でるときでも超満員で、立ち見や会場に入れない人たちもでるほどでした。子どもたちがステージにあらわれる前から、訪れた聴衆はとても興奮気味で、ホール内はザワザワとしていました。けれども、ひとたび演奏がはじまると会場は、ビックリするほどおだやかで静かな空気に変わってゆきました──。

 このツアーを経験して、子どもたちは聴衆の雰囲気にのまれずに、その空気を自分のエネルギーにしながら、瞬間、瞬間、楽しんでいる自分、ときめいている自分、充実している自分を実感できるようになってきました。それぞれ子どもたちは、ちょっと前までは知らなかった別の新しい自分、いろいろな自分≠ニ出逢うことができました。四人の子どもたち一人ひとりが、たくさんの自分≠ニつながれるように少しずつなってきました。

 そして、子どもたちのその気もちや思いは、演奏や歌のメロディーの波に乗って、たくさんの人たちに伝えられてゆきました。そう、光り輝いたしゃぼん玉となって、・・・。



 エリジオンUでも、ピアたち四人の子どもたちが活躍する中、その頃エゴン氏は、おなじ大陸の乾燥した灼熱の砂漠地帯にいました。

 その砂漠の真ん中に、二つの研究・開発施設が完成し、この分野はエゴン氏側のスタッフが中心となって、さまざまな実験がはじめられていました。一つは、乾燥地帯などきびしい自然環境で植物を培養するための開発施設でした。もう一つは、あの天災地変で汚染されたエリジオン以外の大陸の土壌に含まれた高レベルな放射能を、とりのぞくための研究施設でした。エゴン氏は、この施設の中で会議をしていました。



「まわりの樹木のほうは、どうですかね?」

 とエゴン氏は、会議の五人のメンバーにしずかに聞きました。

「はい。高吸収性樹脂を使った苗木は、順調に育っています。ただ、この砂地では、やはり植林は機械ではうまくいかないので、いまそのスタッフを増やしているところです。」

 と五人の中の一人、イビル氏がこたえました。イビル氏は、研究室のリーダーでした。

「そうですか──    。ところで、COC≠フほうは進んでいますか?」

 エゴン氏はイビル氏の目を見ながら、ゆっくりとした口調で聞きました。

 すると、イビル氏は急にあせった表情に変わって、

「は、はい。猿を使った実験では、ある程度の成果は出ているのですが、・・・なにぶん猿の脳では、われわれの言語そのものは理解できないので、その・・・。」

 とおどおどしながら、いいました。



COC≠ニは、エゴン氏とこの一部のスタッフだけが知っている極秘プロジェクトのことでした。それは、『意識コントロール計画』と呼ばれるものでした。簡単にいえば、なんと電磁波を使って、人間をコントロールするための機械開発計画のことでした。

 二十世紀の終わりに、やはり極秘に造られた軍事兵器の中に、『低周波音兵器』というものがありました。人体に低周波を浴びせて平衡感覚をマヒさせるもので、主に群衆を統制するときなどのために開発されました。

 そしていま、エゴン氏が中心となって造ろうとしているものは、その兵器のレベルではありませんでした。むずかしいことは、よくわからないのですが、・・・なんだか、人間の耳には聞こえない高周波と低周波の両方を使って、その人間の脳のある一部分に直接、情報を伝え、本人の気もちとは無関係に、その人間の意識を抑制したり、管理、支配する──という恐ろしい機械を開発しようとしていました。



 エゴン氏は、少し何かをかんがえる表情をしてから、こういいました。

「イビルさん・・・。猿では、はっきりしたデータが出ないのなら、人間を使えば、いいんじゃないですか?」

「人間といいましても、誰を・・・。」

 とイビル氏は、小さな声でエゴン氏に聞き返しました。

「だれ・・・?この施設の外の砂漠には、いま、たくさんの人たちがいるでしょう?」

「えっ!?さ、砂漠で植林しているスタッフを実験に使うんですか!?」

「イビルさん、実験に使うなんていい方はやめて下さい。わたしたちがニュー・エヴァ計画を実現するために研究している電波≠、おなじようにその夢を目指している仲間が、たまたま浴びてしまうだけですよ──。別に、いのちを奪うわけではない。脳波や思考の変化のテストに、ちょっと協力してもらうだけです。そうでしょう・・・?」

「でも、エゴンさん!一度、この電波を外に向かって出したら、多くのスタッフに浴びせることになります──。後遺症でも出たら・・・。」

 極秘の会議に、少しの沈黙ができました。



 そして、ふたたびエゴン氏が、ゆっくりと聞きました。

「イビルさん、あなたはニュー・エヴァ計画を心から実現させたいと思っていますか?」

「もちろんです!わたしはエゴンさんの描いた理想に賛同して今までついてきました。」

「ありがとう、・・・イビルさん。そしてみなさん・・・。わたしはライズ氏と争って、計画のリーダーになろうとしていますが、いま現在、大陸平和維持機構のスタッフでもあります。わたしは、さまざまな民族が共生する社会をつくるために、銃は使いたくありません。自然と共存する社会をつくるために、無意味な殺し合いはしたくありません。戦闘機や核兵器なども、この世からなくしたいと、こころから思っています。

でも、・・・でも、この社会の人たちのこころはどうでしょう・・・?世界中の人びとの意識はどうでしょう・・・?もう時間がないのです!COC計画は、共生を乱し、共存を壊す人間だけに使うものです。そういう人たちの意識にわからせるために使う機械なのです!このいまの社会を見ても、環境を見ても、もう時間がないのです!どうか、みなさん、わたしに協力していただきたい・・・!」

 とエゴン氏は、いつの間にか席を立って、自分の思いを熱く、こう語りました。

 イビル氏たち五人は、何もいえなくなってしまいました──

 そして、極秘プロジェクトのこのCOC計画は、エゴン氏の意向通り進められることになりました。もうすでに理論上、開発可能になっていたこの計画は、いよいよ実際に人間を使うという、最終的な実験段階に移ることになりました。



 二十世紀末、人間は、パイロットの脳波から送られる思考だけで操縦できる無人戦闘機を開発しました。そしていま、人間が人間を操縦するための開発が行なわれていました。

 ひとつの心の声≠ヘ、思いました。

 その二つの開発は、この星の平和にほんとうに役立つのかと・・・。

 その二つの開発は、この人類をほんとうに幸せにしてくれるのかと・・・。



 エゴン氏のもうひとつの顔は、信じられないほど恐ろしい顔でした。もしかしたら、ピアが見て感じた、エゴン氏から出ていた黒ずんだしゃぼん玉≠ニいうのは、このもうひとつの顔から、あふれて出ていたのかもしれません・・・。

 けれども、ピアたちのコンサートまえに、いつも聴衆へ熱く語っていたエゴン氏が、ウソの顔≠セったわけではありませんでした。エゴン氏のほんとうの顔≠フひとつのすがたでした。『地球環境を改善し、共に平和に生きられる社会を・・・』と語ったエゴン氏も、ウソの気もち≠聴衆へ伝えたというわけではありませんでした。それもエゴン氏のほんとうの気もち≠ゥら出たことばでした。

 でも、・・・でも恐ろしい考え=A恐ろしい顔≠フエゴン氏も、エゴン氏のこころの一部に存在していました。相反する考え、相反する顔のエゴン氏が、エゴン氏の意識の中で、共に生きていました。エゴン氏の意識の中で、つながっていました。



 エゴン氏のもうひとつの顔を知らない四人の子どもたちは、数回におよぶエリジオンUでのコンサートも、順調に成功させていました。子どもたちは音楽を通して、たくさんの人たちにやすらぎを伝え、こころを励ましたり、からだを癒したりもしました。音楽を通して、多くの人たちが忘れかけていたあたたかい気もち≠思い出させていました。

 そしていま、四人の子どもたちの世界ツアーも、残すところ、エリアF29でのコンサートだけになりました。その三日後には、各エリジオンで、ニュー・エヴァ計画のリーダーを決める一般の人びとの選挙投票が予定されていました。



「いよいよ明日だね〜・・・!」

 ピアが、他の三人の子どもたちにいいました。

「そうだね。明日で、このツアーも終わるんだね・・・。いろいろ楽しかったね〜。」

 とマホムが、少し微笑みながらこたえました。

「ほんと。わたし疲れたけど、とっても楽しかったわ〜!何度も何度も、あったか〜い気もちになれて・・・。それに、わたしって、こんな面もあったのか〜って思うことがいっぱいあって、・・・このツアーで、自分が知らなかったわたしにいっぱい出逢えたわ。」

 とマリアが、とても疲れているようには見えない表情で、興奮しながらいいました。

「明日のコンサートでやっと、エゴンさんとも会えるんだね。ぼくたちの音楽、生で聴いてもらえるのかなあ・・・。」

 とコータが、明日の出来事を想像しながらいいました。

「そうだね・・・。ずっと立体映像のすがたでしか、会っていないもんね〜。」

「ほんとね・・・。エゴンさんにも会場で聴いてもらいたいね。」

 とマホムとマリアがいいました。

 恐ろしい手段を使って、理想の世界を創りあげようとしているエゴン氏のもうひとつの顔≠知らない子どもたちは、最後のコンサートの前日、こんな話をしていました。



 そんなさまざまな人間の、いろいろな思いとは関係なく、世界中に植えられた植物は、毎日、毎日、育ってゆきました。成長の早いケナフは、ホワイトハイビスカスと呼ばれる美しい花を、エリジオンのいたるところで咲かしていました。



 人間の利己的な考えや思いや欲に染まらない真っ白な花は、環境破壊で病んだ地球に光を与えていました。人びとのこころに光を与えていました。

 そう、・・・

 地球上の木々や花からは、美しく光り輝いたしゃぼん玉が、いつもいつも、あふれ出ていました・・・



       

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