第9章 ピアのともだちとピアのこと


             



 音楽雑誌のインタビューをピアが受けているとき、まわりには、さっきまでピアの演奏を聴いていたたくさんの子どもたちが、輪になっていっしょに話を聞いていました。

 だんだんピアの光のしゃぼん玉≠フ話についていけなくなっていた記者が、ふと、まわりの子どもたちに目をやると、そのうしろのほうに立っていた体格のいい大きな一人の男の子に視線がとまり、急に立ち上がって声をかけました。

「あれ?君、もしかして、マホムくん?・・・」

「えっ?あっ、はい。そうですけど・・・。」

 大柄の男の子は、ちょっと戸惑いながらこたえました。

 男の子の顔を見ると、ピアとおなじくらいの年に見えましたが、からだはピアの二倍くらいありました。

「あ〜、やっぱりそう!あの天才チェリストのマホムくん!?」

 そう、──マホムは、世界的(地球的?)に有名なチェロのコンクール、『CSコンクール』で、史上最年少で優勝した少年でした。

 マホムのおとうさんは、ニコフといって、有名なバイオリン奏者でした。おかあさんは、アンジェリクといって、世界中を飛びまわってコンサートをしていたピアニストでした。いまは、よく夫婦で、バイオリンとピアノのジョイントコンサートをエリジオンの各地のホールでやっていました。マホムは、音楽家の両親から生まれ、小さな頃から音楽の英才教育を受けてきた、いわば、サラブレッド≠ナした。



「マホムゥ〜!そんなうしろのほうにいないで、マホムも、こっちに来なよ!」

 ピアは、さっきまでのシャイな感じとはまったくちがう、とても元気な声で呼びかけました。

「えっ?なに、ピアちゃん・・・。二人は、ともだちなの・・・?」

 と記者は、少し驚いた表情で聞きました。

 その声が耳に入らなかったのか、そのときピアは返事もせずに、いままで見せなかったような明るい笑顔で、マホムを手招きしながら呼んでいました。

「いや、驚いたなあ。二人は、なに、どうやって知りあったの?」

 記者は見開いた目で、まえにやってきたマホムとピアを交互に見ながら聞きました。そのとき、ピアは、マホムのぽっちゃりとしたおなかに、ふざけてパンチするようなしぐさをしました。

 マホムは、そのピアのパンチする手を払いのけながら、記者にいいました。

「ぼくがニュースでピアのことを知って、この音楽室に聴きに来たのがきっかけです。」

「へえ〜。じゃあ、君のほうが先にピアちゃんの音楽を好きになって・・・?」

 と記者は、興味ぶかそうにマホムに聞きました。

「はい。ぼくは、クラシックは演奏できるけど作曲はできないし、それに、あんなやさしくて、あったかい音のピアノ、聴いたのはじめてだったから、感激しました。まあ、でも、ピアノ弾いてないときの本人は別ですけど・・・。」

 とマホムは、チラッとピアの顔を見て、最後にちょっと、からかうようにいいました。 
 
「あ〜、ひどいこというなあ。わたしだって、クラシックをせいかくに、あんなすごいテクニックで曲を演奏するマホムをテレビで見たとき、すごいなあって思ったけど、会ってみたら、ね、・・・おなか、ボヨンと出てるし・・・。」

 とピアは、少し笑みを浮べながら、ふざけて怒っているような感じでいいました。

「そんなこと、かんけいないだろ〜!」

 とマホムは、半分、笑いながら、声を大きくしていいました。

 ピアとマホムは、顔を合わせるといつも、親しいからこそいえるようなジョークをいい合っていました。そして、二人は、自分にはないものをもっているおたがいを認め合い、こころの奥ふかくで尊敬し合っていました。

 ピアは、人見知りで、恥ずかしがりやでした。初対面の人や、演奏だけ聴いた人から見たピアは、おとなしくて、繊細な女の子という印象でした。

 けれども、マホムのように、親しくなった人と接するときのピアは、まるで別人のようでした。とっても元気で明るくて、度が過ぎるほどユーモアたっぷりな少女でした。おとといの学校の昼食のときも、ミルクを飲もうとした男の子を笑わせて、その子は口と鼻から吹き出し、シャツをミルクでビショビショにさせてしまい、先生に怒られたばかりでした。ともだちどうしで、トランプゲームをやっても、一番むきになって、パワフルなのがピアでした。

 ともだちでも、大人でも、親しくなった人から見たピアは、そう、・・・おてんば娘≠ニいうことばがピッタリな女の子でした。

 でも、繊細でおとなしいという印象のピアが、つくったピア=Aウソのピア≠ニいうわけではありませんでした。ほんとうのピア≠フすがたでした。

 おてんば娘という印象のピアも、ほんとうのピア≠フすがたでした。

 まるで、別人のような二つの性格も、いろいろなピアの、たくさんのピアの一部≠ナした。



 音楽雑誌『ハート・ビート』の若い記者は、二人にいろいろな質問をしていきました。記者は、マホムが来るまえにピアが話していた光のしゃぼん玉≠フことは、もちろん覚えていました。けれども、ふしぎな音楽を奏でるピアと天才チェリストのマホムが親友だったという特ダネ≠フほうが、その後、大きな記事となって、雑誌に載りました。



 取材が終わるとピアは、まわりの子どもたちにこういいました。

「これから、しろやま≠ノ行かない?」

 コミュニティーセンターの敷地内には、公園のような子どもたちがあそべる広場がありました。そこには、鉄棒やすべり台やブランコや砂場などがありました。しろやま≠ニは、人工の石のようなものでつくった小さな白い山のことで、その広場のちょうど真ん中あたりにありました。だから、子どもたちは、その広場のことを“しろやま”と呼んでいました。ピアやマホムたちは、その白山であそぶにしては、ちょっと大きすぎる子ども≠ナしたが、ピアは、そこでみんなと、いろんな話をするのが好きでした。



「あ〜、いいね。じゃあ、みんな行こうよ!」

 とマホムは他の子どもたちも誘いました。

 みんなが白山に着くと、ピアはその低い白い山のてっぺんに、ちょこんと座りました。
「マリアにコータ、ひさしぶりだね!」

 とピアは、ほっそりとしたからだで、栗色の長い髪をした女の子と、短い黒髪の男の子に笑顔で声をかけました。

「うん。からだの調子がよくなったから、ピアに会いに来たの──。」

 と長い栗色の髪をしたマリアという女の子が、こたえました。

 マリアは、からだがとても弱く、いまの医学では治すことができない“難病”を抱えていました。見た目は、とってもチャーミングなたれ目≠ナ、いつも明るくニコニコと笑っていて、とても病人には見えませんでした。マリアは、生まれたときからこの病気を抱えていたわけではなくて、五年くらいまえに、とつぜん、倒れてからなってしまいました。そして、マリアの難病は、マリアの生活にいろいろな規制≠与えてゆきました。食事は、肉も魚も野菜も果物も、あまりとってはいけないといわれました。そう、食べられるものがほとんどなく、いっぱい食べてもいいと医師にいわれているものは、キノコ類だけでした。でも、でも、・・・マリアが唯一、嫌いなものが、キノコでした──。

 運動をしても、すぐに疲れて調子が悪くなってしまいます。そして、それらに効くようなくすりもありませんでした。だから、病院の先生は、いつもマリアにこういっていました。「何もかんがえずに、何もせずにジィーッとしていなさい。」と。先生の話だと、精神的な極度のストレスが病気の原因のひとつではないかといっていました。けれど、マリアにとっては、何もしない≠ニいうことが、かえってストレスになっていました。



 白山のてっぺんから、ピアが笑顔でいいました。

「そう、マリア、調子よくなったんだあ。よかった・・・。マリアのそのたれ目で、にゅう〜って笑った顔を見ると、わたしも元気が湧いてくるからね。あっ、でも、たれ目は人のこといえないけどね・・・。コータ、マリアがチョコレートとか食べないように、ちゃんと見てた〜?」

「・・・・・・・・・・・。」

 短い黒髪のコータは、口をむすんで、ピアの視線を避けました。

「あ〜!コータ、また病院の先生に内緒で、お菓子とかジュースとか、いっぱいもってったんでしょう!?まあ、マリアが元気ならいいけど。」

 とピアは、視線を合わせないコータに向かって、大きな声でいいました。

 コータがピアに紹介したともだちが、マリアでした。そしてマリアは、ピアの音楽を聴いてファン≠ノなり、ともだちになりました。そしてコータは、マリアの大ファン≠ナした。時間さえあれば、コータは、いつもマリアの近くにいました。病院で、マリアが、わがままをいっていても、たいていのことは聞いてあげていました。そう、・・・ピアがいうように、病院の先生に内緒でお菓子をもって行くことも、よく≠りました。

 マリアは、体調が悪いときなどは、わがままもよくいっていましたが、ふだんは、とてもしっかりした女の子でした。だから、コータのだらしないところなどを、よく注意したりもしていました。その反面、ちょっとしたことでも落ち込みやすく、傷つきやすい面ももっていました。



 マリアが白山にのぼり、ピアのとなりに座って聞きました。

「ねえ、ピア、・・・さっきの取材の話、聞いてたんだけど、やっぱり光のしゃぼん玉≠チてほんとうに見えるの?まえに、わたしと話していたときも、ピア、そのことちょっといってたけど・・・。わたし、また、ピアが得意なまじめな顔していう冗談≠ゥと思って、そのとき何もいわなかったけど・・・。あれ、ほんとうの話だったの?」

 マリアがそういうと、ピアのまわり・・・白山のまわりが、ざわつきはじめました。

「そう、そう・・・ぼくも聞きたかった。」

「そう、わたしも、ほんとなのかなあって・・・。」

 ピアのともだちや、ピアについてきたたくさんの子どものピアのファンたちは、いっせいに声をあげました。

「やっぱり、みんなには見えないんだ〜。わたし、見えるのがふつうと思ってたから。」

 とピアは、大きな目をさらに見開いて、他の子どもたちを見わたしながらいいました。「なんで、ピアには見えるんだろう・・・。そんなに、きれいに輝いたしゃぼん玉が、この空にも川のように流れているなら、わたしも、一度でいいから見てみたい・・・。」

 とマリアは、うらやましそうにいいました。

「あっ、でも、わたしもピアノを弾くようになってから、・・・気もちをこめて自分の曲をつくったり、演奏するようになってから、ハッキリ見えるようになったの・・・。」

 とピアはマリアたちにいいました。

「まえから聞きたかったんだけど、ピアって、よく気もちをこめて≠チていうけど、いつも、どんな気もちをこめてピアノ弾いているの?」

 と音楽家のマホムは、興味しんしんに聞きました。

「どんな気もちで、ピアノ弾いているって・・・。」

 ピアは、さっきより少し声が小さくなって、自分の足元を見ながらいいました。

 すると、こんどはコータが、とうとつにピアにこういいました。

「ピアって、ふしぎなことやわからないことが多いよね。そう、・・・『エンジェル・ホーム』にだって、なんで住んでいるの?」

「なんでって、いわれても、・・・。」

 とピアは少し、困った表情でいいました。

『エンジェル・ホーム』とは、身寄りのない子どもたちが生活し、勉強する、──家と学校がいっしょになったような施設のことでした。

「ピア、・・・おかあさんやおとうさん、・・・あの大地震で亡くなっちゃったの?」

 とマリアは、小さな声でとなりにいるピアに聞きました。

「ううん。ちがうよ。・・・・・・アドおばちゃ〜ん!ちょっと、来て〜!」

 ピアは、顔をあげて立ち上がり、白山のとなりにあるベンチに座っていたアドおばちゃんを大声で呼びました。

 そして、ピアは白山の“ふもと”に来たアドおばちゃんにこういいました。

「アドおばちゃん、・・・みんなに、ピアのおかあさんとおとうさんのことを話してくれる?マリアやマホムやコータ、みんなにも話しておきたいと思ってたから・・・。」

 アドおばちゃんは、何もいわずに、ニコッと笑ってうなずきました。そして、みんなの顔が見える場所に腰かけました。
 そして、ふたたびピアの顔を見て、・・・

「いいの?・・・ピア・・・。」

 と聞きました。

 こんどは、ピアが、何もいわずに、アドおばちゃんの目を見ながらうなずきました。



 アドおばちゃんは、ゆっくりと子どもたちに語りかけるように話しだしました。

「ピアのおかあさんはダイアナといってね、学生のとき、わたしとおなじ学校でおなじコーラス部に入っていたのよ・・・。ダイアナはわたしの後輩で、ピアとそっくりな大きな瞳をしていて、とってもかわいかったわ。わたしたちは、とても気が合って、先輩と後輩という関係だけでなく、ともだちとしてよく遊んだりしていて、学校を卒業してからも毎日のようにいろんな話をしたり、おたがい相談などもしたわ──。ダイアナは、クリストというピアのおとうさんと結婚して、そしてピアが生まれて、・・・二人はとてもしあわせそうだったわ。だから、あの巨大な地かく変動のあとも、三人が元気でいるって知ったときは、とてもうれしかったわ──。」

 子どもたちはみんな、しずかに聞いていました。アドおばちゃんは、少し、息をふかく吸って、ふたたび話を続けました。

「そして、わたしたちは三年ぶりに、このエリジオンVで再会したの。そう、忘れもしない、昨日のことのように覚えている、四年まえの十一月十四日・・・。ピアや、ピアのおかあさんやおとうさんは、ここからすぐ近くの集合住宅に住んでいたのよ。家におじゃまして、いろいろ学生の頃の話でもりあがったあと、ダイアナとクリストがわたしに黄色いなのはな≠ェたくさん咲いているところに連れていってくれるっていったの。わたしが、お花がとっても好きってことを、二人ともよく知ってたから・・・ね。そして、ダイアナとクリスト、・・・ピアのおかあさんとおとうさんは、車をとりに行ったの。わたしとピアは集合住宅の入口で待ってたの・・・ねっ、ピア。」

 と話すとアドおばちゃんはピアの顔を見ました。ピアは、ただ黙ってうなずきました。



「ピアとわたしで、ダイアナとクリストが車をとりに歩いていくうしろすがたを見ていたら、急に雨が降ってきたの。そうしたら、ダイアナ・・・ピアのおかあさんがわたしに『近道して、すぐ車もってくるから、待っててね!』っていったのね・・・。そのときは、まだ今みたいに、こんなに集合住宅ができあがってなかったから、空き地がたくさんあったのよ。ピアのおかあさんとおとうさんは、そのふだんは通らない空き地を二人で走っていったの。そうしたら・・・。」

 とここまで話すと、アドおばちゃんは口を手でおさえて、下を向いてしまいました。

 すると、ピアが、

「アドおばちゃん、ピアはぜんぜん大丈夫だから、みんなに話してあげて!」

 といいました。そういわれたアドおばちゃんは、顔をあげてふたたび話しだしました。

 「わたしとピアは、近道して空き地を走っていくピアのおかあさんとおとうさんのうしろすがたを見ていたわ。そうしたら、とつぜん、・・・その空き地が爆発したの。ドコ〜ンというものすごい音といっしょに、空き地の石や砂が、わたしたちのほうまで飛んできたわ・・・。みんな、・・・みんなは、学校で地雷≠チて何か、教わったことあるでしょ?巨大なあの地かく変動で、地球には何もかもなくなってしまったように、あのときには見えたけれど、この大地の中には、二十世紀の時代に埋められた地雷≠ェ、まだたくさん残っているようなのね。・・・ピアのおかあさんとおとうさんは、その無差別に人のいのちを奪う対人地雷≠踏んでしまったの。しかもその衝撃で、近くに埋まっていた対戦車地雷≠ニいうとても大きな破壊力のある地雷まで爆発してしまって、ピアのおかあさんとおとうさんは、一瞬にして、石や砂のようになって、消えてしまったの・・・。」



 アドおばちゃんは、また口を手でおさえ、顔を伏せてしまいました。話を聞いていた子どもたちも、黙っていました。するとこんどは、ピアが立ち上がり、話しだしました。

「マホム!マホム、さっき、わたしがどんな気もちでピアノ弾いているかって聞いたよね?・・・わたしね、おかあさんとおとうさんが地雷で吹き飛ぶ瞬間を見てたの。それから、しばらくの間は、どこにぶつけていいかわからない、かなしみや悔しさを通り越した怒りの気もちでピアノを弾いていたの──。そう、何をしていいかわからないわたしは、怒りの気もちをピアノにぶつけていたの。毎日、毎日、そんな気もちのままにピアノを弾いていたわ。だから、その頃の演奏は、とても暗くて、ピアノを壊すくらいの力強いタッチで弾いていたの。自分の曲や自分のメロディーも、その頃から、浮かぶようになったわ。

 そして、その頃から、──まえから、うっすらと見えていた光のしゃぼん玉≠竍光の川≠ェハッキリ見えるようになったの。でもね、わたしのからだからは、くら〜い灰色のしゃぼん玉ばかりが、たくさん出ていたわ。そして、ある日、思ったの。『わたしは、なんでピアノを弾いているんだろう。』って。怒った気もちで毎日ピアノを弾いていても、いつまでたっても、かなしいし、苦しいし、ちっとも楽しい気分にならない。でも、いつもピアノを弾いている自分がいたの──。

そんなとき、空気中を波のように流れる光の川≠ェ、からだの中に入ってきて、わたしね、白くて大きなあたたかい光≠ノつつまれたの。そうしたらね、とってもふしぎなんだけど、わたしのくら〜い気もちが、一瞬にして、明るい気もち、元気な気もちに変わっちゃったの。何ていったらいいのかな、・・・そのときのわたしのように、かなしくて、苦しくて、つらい気もちの人は、地球にはたくさんいて、そんな人たちのこころを、音楽とかで落ち着かせたり、やすらいだ気もちにできたら、わたし自身、どんなにワクワクした気もちになるかなあって、一瞬のあいだで思ったの。白い光につつまれたとき、一瞬のあいだで、そう感じたの──。

 そうしたら、ちからがどんどん湧いてきて、わたしのからだから出ているしゃぼん玉も、とっても明るい青やオレンジや緑やピンク、銀色や金色に変わっていったの──。だからね、マホム、わたしがピアノを弾くときには、いつもこころの奥に、そういう気もちがつよくあるの。だから、そう、・・・わたしのピアノを聴いてくれる人のこころをウキウキ、ワクワクさせて、わたしの気もちもワクワク楽しくさせたいの。ただ、それだけ、・・・。それが、すべてなの・・・。」

 とピアは、だんだんと声が大きくなり、目を輝かせ、こう話しました。マホムや他の子どもたちは、ピアがしゃべり終わっても、しばらく黙っていました。子どもたちはみんな、それぞれのこころで、いろいろなことを思ったり、かんがえたりしているようでした。



 そして、ピアはしゃがんで、こんどは、となりにいるマリアに話しかけました。

「マリア──。マリアはさっき、光のしゃぼん玉を見てみたいっていったわよね。わたしも、どうしたら見えるのか、なぜ、わたしには見えるのか、わからないわ。どんな人でも、 ・・それに、花や動物からも光のしゃぼん玉は出ているわ。それは確かだと思うの。

 でもね、マリア、わたしもよくわからないんだけど、光のしゃぼん玉を見たいと思う気もちをもつよりも、いつもきれいで、いつも美しくて、いつもキラキラ輝いている光のしゃぼん玉を自分自身が出せるように心掛けていることのほうが大切なような気がするの。」

「どうして?なぜ・・・?」

 とマリアは、ちょっと首を傾けながら、ピアに聞き返しました。



「う〜ん。例えば、マリアが入院しているとき、コータがよくお見舞いに来てくれるよね。そのとき、マリア、うれしい気もちになるでしょ?でも、そのときマリアがうれしい気もちになると、コータは、もっとうれしい気もちになると思うの。どう、コータ?」

「うん、そうだよ。ピア。」

 とコータは、笑顔でいいました。

「そして、マリアが元気になると、マリア自身、うれしい気もちになるでしょ?自分が元気になったこととコータへの感謝の気もちを伝えれば、たぶんコータは、それいじょうにうれしい気もちになると思うの。ちがう?」

「うん。その通りだよ。当たり前じゃん・・・。」

 とふたたびピアに聞かれたコータは、こたえました。

「そういうことと、わたしがピアノを弾くこととは、おなじようなことだと思うの。わたしは、自分自身がやすらいだり、ウキウキ、ワクワクこころから楽しい、気もちになるためにピアノを弾いているわ。だって、そういうキラキラ輝いている自分が、自分で一番好きだからね。そして同時に、もうひとりの自分≠ヘ、わたしのピアノを聴いてくれる人たちも、わたしの演奏を通して、こころやすらいだり、ワクワク楽しい気もちになってくれたら、わたしは、それいじょうにしあわせな気もちになるだろうなあって思うの。っていうか、いつもそう感じているの──。

 わたしが、こころから気もちをこめて=A楽しんでピアノを弾くと、わたしのからだから出てくるたくさんのキラキラ輝くしゃぼん玉が、そのピアノから出る音という空気の波に乗って、聴いてくれる人たちのほうへ飛んでいくの。そして、その人たちの耳だけでなくからだじゅうに、その光のしゃぼん玉が、とけ込んで入っていくのがわかるの。

 すごいのがね、その曲を聴いてくれた人たちが、ほんとうにやすらいだり、感動したり、ワクワク楽しい気もちになってくれると、こんどは逆にその人たちのからだから、輝いた光のしゃぼん玉がいっぱい出てきて、わたしのほうに飛んできて、わたしのからだの中にどんどん入ってくるの。

 そうすると、あたたかい白い光につつまれている感じがして、自分一人だけでピアノを弾いているときよりも、もっともっと、ことばではいい表せないくらいしあわせな気もちになるの・・・。マリア、コータ、わかる・・・?わかった?」



「・・・わかったような、わかんないような・・・。わたしは見えないから、どんなとき、自分が輝いたしゃぼん玉、出しているのかわからない・・・。」

 とマリアとコータは、顔を見合わせながらいいました。

「だからね、マリア。う〜ん。そんな特別なことじゃないのよ。いつも、・・・こういう一瞬、一瞬も、自分のこころの奥のほんとうの気もちが楽しくなるように、心掛けて、行動してれば、マリアのからだからは、いつもきれいな光のしゃぼん玉が出ていると思うよ。

 別にわたしみたいにピアノを弾いたりしなくても、マリアがともだちとあそんだり、話をしているときとかも、自分がそういう楽しい気もちでいて、ワクワクする気もちで、ともだちと接していれば、そのともだちも、きっと楽しい気もちになるし、そのともだちの光のしゃぼん玉も、マリアのその気もちと行動によって、明るくなると思うの。だから、マリア、・・・今、いま≠焉Aウキウキ、ワクワク、ときめく自分をえらんでね!」

 とピアが話すと、少し間があってから、マリアは、

「でも、どうすればウキウキ、ワクワク楽しい、しあわせな気もちの自分になれるの?」

 とふたたびピアに聞きました。



 するとピアは、少し空を見上げてから、

「どうすれば、楽しくて、しあわせな自分になれるかって、かんがえるよりも、それは、感じるもの≠ネんじゃないのかなあ。そう、・・・どうすればなれるかっていうよりも、いつも、自分で自分のこころを感じるの。そういう気もちを感じるの・・・。」

 とマリアの左肩に手をかけていいました。

 こういう光のしゃぼん玉≠竕ケ楽の話をしているときのピアは、とてもしっかりしていました。あっ、でも、こんなにピア自身のことや、音楽や光のしゃぼん玉≠フことをみんなに話したのは、この日が初めてでした。このときのピアは、恥ずかしがりやのピアでもなく、おてんば娘のピアでもなく、あまりみんなには見せたことがなかった、また別のピア≠フ顔でした。そして、このピアもウソのピア≠ナはなく、ほんとうのピア≠フすがたのひとつでした・・・。



 この日のミニ・コンサートや音楽雑誌の取材後、ピアは、さらに演奏活動が忙しくなってゆきました。エンジェル・ホームで学校(授業)が休みの日は、たいがい、他のエリアや、エリジオンTやエリジオンUまで出かけて、コンサートを行なうようになってゆきました。そのピアの人気は、天才チェリストのマホムに劣らないほど、大きなものになってゆきました。



 ピアは、どこで演奏するときでも、いつも自分のこころ≠大切にしていました。ピア自身が大好きなキラキラした自分=Aハッピーな自分≠、一瞬、一瞬、イメージして、感じていました。そして、大陸のいたるところの人びとに、ピアのふしぎな音楽が伝わってゆきました。そして、大陸のいたるところの人びとの胸に、ピアの光のしゃぼん玉が響いてゆきました。ピアの演奏を聴いたある人はこころがやすらぎ、またある人はからだが癒され、またある人は元気いっぱいな気もちになってゆきました。

 たったひとりの小さな女の子が奏でるピアノを通して、輝いた光のしゃぼん玉≠ヘ、地球上の多くの人びとのこころに伝わってゆきました。

 たったひとりの小さな女の子の奏でるピアノを通して、地球上の多くの人びとのそれぞれの光のしゃぼん玉≠フ色が、それぞれ変わってゆきました。



 日に日にピアの生活は忙しくなってゆきましたが、ピアは、アドおばちゃんとある場所≠ノ行って、朝日を見ることが時どきありました。ピアは、キラキラ輝いた自分になれないとき、明るくハッピーな自分を感じられないとき、苦手な早起きをして、アドおばちゃんを誘って、ある場所≠ワで行って、朝のまぶしい太陽を見ることがありました。

 そのある場所≠ニは、四年前、ピアのおかあさんとおとうさんが、アドおばちゃんに見せようとした黄色いなのはな畑のことでした。そこのなのはな畑は、天災地変によって失われた緑を増やす目的で、その近くに住むさまざまな民族の人たちが、おたがい協力し合いながらボランティアで、土を耕したり、種を植えたり、水をあげたりして、育ててできたなのはな畑でした。いまは、もう、そのまわりには集合住宅がいっぱい建ち並んでいますが、畑の西側から、ちょうど朝日の出る東側を見ると、大きくてあたたかい陽の光が、遠くのほうから少しずつ、その黄色いなのはなを照らしてゆき、・・・その光景は、ことばでは表現できないほど美しいものでした。そして、ふしぎなことに、ピアは、おかあさんやおとうさんと、この場所に来るまえに、もうすでに、この黄色い花と光の風景≠夢で何度も見ていました。それに、ピアは、こういう美しい光のある風景が、ピアノを弾いているときにも、見えることがあるとも話していました。



 ピアと、そしてアドおばちゃんも、元気がない自分のとき、このなのはな畑から朝日を見ると、大好きな自分に変わることができました。その感覚は、ピアがあたたかく大きな白い光につつまれるときの感じと似ていました。まるで、太陽の美しく光り輝いたたくさんのしゃぼん玉が、からだの中にとけ込んでくるようでした。いくつものピア≠フ中で、ピア自身がほんとうに一番大好きな自分≠引き出してくれる、たくさんのたくさんのエネルギーをもらっているようでした。



 ひとつの心の瞳≠ノは、たくさんの黄色いなのはなも、太陽のエネルギーが、より美しいなのはなを引き出してくれているようにも見えました。



       

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